16話「風竜顕現×仮面の男」
突如現れる古代生物との戦い。
しかし、その後現れる更なる絶望。
アルマ、レイ、セラの三人は空へ伸びる巨木の遺跡の攻略にあたっていた。
空へと伸びる巨木は、もはや木というより“塔”だった。幹は城壁のように太く、枝は道のように広がっている。足場はあるが、落ちればまず助からない高さだ。
アルマは、強靭的な脚力で一段、また一段と上空へ進んでいた。枝を蹴るたびに、重い振動が伝わる。その脚力は常人の域を明らかに超えていた。
アルマは下の二人へ視線を向ける。
「レイ!セラ!大丈夫かぁ?」
アルマの呼びかけに二人の返答はない。
それもそのはず、巨木の遺跡を登り出して半日以上が経過していたからだ。
上空は風が強く、酸素も薄い。単純な登攀だけでなく、環境そのものが体力を削ってくる。
汗が滴り落ちる。
呼吸が荒くなる。
肺が悲鳴をあげている。
「はぁ、はぁ、」
セラの視線がレイを追う。平静を装っていたものの、セラは驚愕していた。
レイの動きは乱れない。足の置き方、体重移動、呼吸――すべてが最適化されている。疲労しているはずなのに、それを感じさせない。
この人達……なんて体力なの…私の体力を上回るなんて…化け物よ。
「兄さん…もう少しペース落として」
レイがアルマへ目で合図を送る。レイは後方のセラを気にかけているようだ。
「兄さん、今日はこの辺で休もう」
「そうだな!セラが限界だな!」
三人は巨木の枝の先、生い茂る巨大な草の上で焚き火を囲んでいた。
枝の先端とは思えないほど安定しているが、それでもわずかに揺れ続けている。焚き火の炎が風に揺れ、光が三人の顔を不規則に照らした。
揺れる炎。暖かい光が辺りを照らす。
「あなた達…どういう鍛え方したらそんな体力バカになるのよ」
二人に視線を向けながらセラは言った。
「僕も兄さんに地獄のメニューとかでしごかれたんだよ」
「あっはっはっは!懐かしいな!レイはよく気絶してたっけ」
笑うアルマを二人の軽蔑の眼差しが貫く。
「にしても…なんであなた達二人が今まで無名だったのかしら」
レイは揺れる炎を見つめる。
その目は――どこか懐かしそうだ。
炎の中に、過去を重ねているような視線だった。
「僕も兄さんも孤児院にいてね、物心ついた頃から本で読んだ真実の砂時計に憧れてさ」
アルマはレイを見ながらニヤニヤする。
「『伝説のシーカーを超えるんだ!』ってあの頃のレイは、よく言ってたっけ?」
レイは少し恥ずかしそうに言った。
「どうせシーカー目指すなら、伝説のシーカー達が残した謎とその遺跡を攻略したいだろ」
「伝説のシーカー達を超える…ために、厄災の遺跡をクリアねぇ…良いじゃない楽しそう!」
セラは目を輝かせながら笑った。
セラの蒼い瞳が炎に照らされ余計に輝いて見える。
「はいはい、二人ともそのくらいにして明日も早いんだから寝るよ」
レイが話を打ち切り横になる。
目を閉じる。
夜は風が優しくて心地いい。
なんて静かで落ち着くんだ。
高所特有の静寂が広がる。風の音と、火の弾ける音だけが世界に残る。
レイの寝息が聞こえる。
「レイのやつ寝ちまったよ…俺達も寝るか!」
三人はこうして、眠りについた。
⸻
朝。
冷たい空気が肌を刺す。だが、昇り始めた陽がそれをゆっくりと和らげていく。
「ほら!兄さん起きて!行くよ!」
アルマを激しく揺さぶっているが、全く起きない、
「ん?んぅ」
アルマは目を擦っている。
レイとセラは荷物を担ぎ、準備を終える。
「早く準備していくわよ」
セラは振り返りながら言った。
⸻
――その瞬間。
空気が、揺れた。
風の流れが、一瞬だけ乱れる。
視界の端に、巨大な影が差し込む。
巨大な鳥が、アルマを掴んで上空へ飛翔していく。
一瞬だった。
「ア、アルマ!」
セラが叫んだ。
刹那――二人の視線が上空へと向く。
セラは、アルマを掴んだ正体を見て固まる。
目が、見開く。
アルマを鷲掴みにする巨大な鉤爪。
巨大な体、緑色の羽。紫色の巨大なトサカ。
獲物を見つめる鋭い目。
その存在は、この高度の空気を完全に支配していた。
「あ、あれは討伐難度C…もしかして風乱鳥」
ま、まさか…こんな場所に討伐難度Cが降りてくるなんて。ここには…DやEの古代生物しかいないはずなのに。
セラの鼓動が早くなる。
異常だ。明らかに生態系がズレている。
「レイ!力を貸して!アルマを助ける!」
スーッ
レイが静かに剣を抜く。
透き通る刃。鋭く光を反射する。
冷たい眼差しは、ストームクロウを捉える。
表情から――感情が消える。脚に力が集中する。
瞬間。
ドォンッ!!
轟音と共に。枝が激しく上下に跳ねる。
踏み込みの衝撃だけで枝がしなる。それほどの爆発的脚力。
目にも止まらぬ速さで、アルマを掴む鉤爪に接近。
「ま、待って!レイ!飛び込んだらダメよ!」
セラの声は届かない。レイはすでに跳躍している。
ストームクロウは本能的にレイを敵だと認識した。
ギィィィィィッ!!
甲高い鳴き声。巨大な翼が羽ばたく。
瞬間、暴風が叩きつけられる。
空気の塊がぶつかってくるような圧力。
――届かない。
レイの身体が押し返される。
前に進めない。
風が、壁になっている。
ストームクロウの羽ばたき一つで、空間が歪む。
――見えない壁。
「風が邪魔」
レイは空中で体勢を崩しながらも、視線だけは逸らさない。
ストームクロウを見る。
風の流れ。羽ばたきの間隔。空気の揺れ。
翼の可動域。アルマの位置。
全てが一瞬で整理される。
アルマは鉤爪の中で踠く。
「レイ!無理すんな!」
その瞬間、鉤爪が締まる。
ギチッ――
アルマの体に。爪がめり込む。
「ッ……!」
アルマの体から血が滲む。
鉄の匂いが空気に混じる。
レイの瞳が細くなる。
呼吸が、止まる。
――次の羽ばたき。
風が来る、その“直前”。
レイは、自ら風に飛び込んだ。
ドォンッ!!
正面から叩きつけられる暴風。
普通なら、弾き飛ばされる。
だが――
レイは“乗った”。
風の流れに、身体を預ける。
押されるのではなく、流されるのでもなく――
“滑る”。わずかな乱れ。
風の綻び。そこを――抜ける。
「……そこだ」
一閃。
⸻
空気が裂ける音が遅れて響く。
刃が通った軌跡に、風が遅れて追従する。
ギィィィッッ!!
ストームクロウの片翼が裂ける。
肉と羽が断たれ、鮮血が霧のように散る。
バランスが崩れる。巨体がわずかに傾く。
――鉤爪が、緩む。
「今だ、兄さん!」
アルマの目が見開かれる。
掴まれていた圧迫が一瞬だけ緩む。
その“わずかな隙”を逃さない。
「爆ぜろ」
アルマの腕のブレスレットは燃え上がり豪炎となる。炎は肩から拳までを包み込み――籠手と化す。
装着の瞬間、内部から圧力が膨れ上がる。
血流と同期するように、炎が脈打つ。
黒い装甲に紅く脈打つ。炎を纏いしレガリア。
【 クラスB (SS)爆炎装甲】
ゴウゥッッッ!!
空間の温度が上昇する。
周囲の空気が歪み、熱で揺らぐ。
大気が灼ける。
「あ、あれは…まさかレガリア」
セラの目が見開く。
視界が揺れるほどの熱量。
ただの火ではない。圧縮され、制御された“暴力”。
片翼が裂けバランスを崩すストームクロウに照準を合わせるアルマ。
右腕の掌を正面に突き出す。
左腕の火力を上げる。
両腕の筋肉が強張る。
関節が軋む。
左腕で右腕の手首を掴み、支える。
――暴発すれば、自分ごと吹き飛ぶ。
「テメェみてえな鳥に手間取ってたら…伝説のシーカーなんて超えられねぇんだよ」
右腕の炎が渦巻き、掌へ収束し始める。
渦は回転を増し、熱と圧を一点に押し込める。
左腕が収束する火力を押し上げ圧縮していく。
大気が振動し始める。
空気が悲鳴を上げる。
籠手が、赤白く発光し始める。
圧縮した炎が円を描き――“球体“となる。
熱ではなく、“質量”を持った炎。
「…ア、アルマ…あなた一体……」
セラは、その底知れぬ火力に言葉を失う。
理屈が追いつかない。
ただ、本能が理解する。
――危険。
アルマの鋭い目が、ストームクロウを貫く。
逃がさない。
――瞬間。
ストームクロウへ圧縮された火球が放たれる。
空気を押し潰しながら、一直線に突き進む。
「焼き尽くせ――極炎滅球」
直撃。
衝突の瞬間、空間が歪む。
火球がストームクロウを包み込む。
ストームクロウを押し上げていく。
アルマは籠手から火球へ炎を送る。
止めない。押し込む。
火球を“ただ当てる“んじゃ足りねぇ。
――炎で内部から破裂させるイメージ。
内部の圧縮熱を炎で――解放する。
豪炎を送り続ける籠手が軋む。
骨まで熱が伝わる。
「くらいやがれえぇぇぇ!!」
圧縮熱は一気に放出。巨大な爆発を起こす。
光が弾ける。周囲一体が白い光に包まれる。
視界が焼き潰される。
ゴバアァァァンッッ!!
爆風で巨木が激しく揺れる。枝が軋み、葉が吹き飛ぶ。
シュウゥゥゥゥゥゥッッ!
アルマの両腕から熱風が放出される。熱が逃げる。
“ストームクロウだったもの“をアルマの目が捉える。
ストームクロウは――黒い塵と化している。
【討伐難度C ストームクロウ討伐完了】
アルマとレイは巨木の枝の上に着地する。
枝が沈み込み、すぐに戻る。
「兄さんが油断するから手間取ったじゃん」
「はは、わりぃわりぃ」
分析と連携で古代生物を難なく撃破する。
呼吸は乱れていない。
二人は軽く、ハイタッチを交わした。
戦闘直後とは思えない軽さ。
が、その姿をセラは理解できずにいた。セラの頭の中で答えを探そうとするが…答えが出ない。思考がまとまらない。
いつも冷静な彼女の表情は困惑、混乱していた、
ストームクロウは。討伐難度C。それを二人で討伐、しかも余裕を残して。
「あなた達…」
アルマとレイはセラに視線を向ける。
「セラ大丈夫か?怪我はないか?」
「いや、ないけど……それよりそのレガリアはなんなの?」
「とある遺跡で拾ったレガリア…俺の相棒だ、クラスはBの鑑定付きだ」
「その火力でB…そんなはず…」
セラの頭の中は余計に混乱していた。常識が崩れていく。
「あなた達…本当に今まで無名のシーカーだったの?」
「まあ、一年前にシーカーになったばっかりだからな」
こんな、討伐Cを倒す脅威レベルになる人達が放置だったなんて世界連合騎士団は何してるのかしら。
――瞬間。
空気が、凍る。風が止まる。音が、消える。
枝の上――二人のさらに上。“何か”が立っていた。
そこに“いる”のに、存在が曖昧。視界がズレる。
「……大気の震えを辿ってみたら」
低く、しゃがれた声。耳ではなく、脳に直接響くような不快さ。
「面白いものがいたものだ」
黒いローブ。片目だけ覗く“仮面“。その存在は、そこに“いる”のに――どこか現実からズレていた。
輪郭が揺らぐ。
「兄さん」
「あぁ……この前のとは違うが、同類だな」
次の瞬間。
ドォンッ!!
「やっと見つけた」
セラは呟き、先に動いていた。躊躇がない。
「セラ!待て!」
アルマの制止を振り切り、一直線に踏み込む。
無駄のない踏み込み。鋭い剣閃。空気が裂ける。
完璧な一撃。
――だが。
スゥ……
刃が、通り抜ける。手応えがない。
確かに捉えたはずの一撃が、霧のように消える。
「……!?」
感覚が狂う。
「クク……」
仮面の男が、わずかに笑う。
「いい剣だ。無駄がない」
次の瞬間。
――ドンッ
見えない何かが、セラの腹を打ち抜いた。
「ぐっ……!!」
体が宙に浮く。空気が抜ける。
そのまま枝を折りながら、地面へ叩きつけられる。
バキッ、バキバキッ!!
「セラ!」
アルマが叫ぶ。
レイの視線が、仮面の男を射抜く。
「……レガリアか」
「おや、よく分かるねぇ」
仮面の男が、首を傾げる。
「現実に干渉する幻影……面白いだろう?」
スッ――
レガリアらしき杖が、わずかに持ち上がる。その動きは遅い。
だが――嫌な予感が、全身を貫く。
その瞬間。
空間が歪む。風が、渦を巻く。
ゴォォォォォ……
“何か”が、現れる。
空気の密度が変わる。
巨大な翼。鋭い嘴。輝く鱗、
圧倒的な――存在感。
これは――
「……風竜……?」
セラの声が、震える。理解が追いつかない。
背筋が、凍る。
「討伐難度……S……」
その言葉と同時に、空気が張り詰めた。
風竜が咆哮する。ビリビリと、大気が震える。
“格が違う”。
【討伐難度S 風竜】
アルマの足が、地面にめり込む。
レイの髪が、風圧で揺れる。
強い。今までの比じゃない。
「チッ……」
アルマが歯を鳴らす。
「いきなりかよ……」
「兄さん、あれは無理に突っ込むと危ない」
レイの声が低くなる。
舞い降りたヴァルドレイザーを見つめながら、仮面の男は話始めた、
「これは私のペットでね、まぁ私のレガリアの能力で操ってるに過ぎないんだが」
一方。セラは、立ち上がろうとしていた。膝が震える。
セラは理解した。いるはずのないストームクロウが降りてきていた理由。それは目の前のヴァルドレイザーの存在が原因なのだと。
追いやられて、降りてきてたのね。
「……まだ、やれる」
剣を握る手が、震える。
――“出せば“、勝てる。
一瞬、頭をよぎる。
だが。
「……ダメ」
歯を食いしばる。
――使えば、バレる。
――追われる。
足が、止まる。
「ほう」
仮面の男が、興味深そうに見下ろす。
「使わないのか」
ニヤリと笑う。
「“騎士王”」
空気が、一瞬止まる。アルマとレイの視線が、セラに向く。
「……え?」
「セラ……お前……」
セラは、答えない。ただ、剣を構える。その姿は――覚悟と、迷いが同時に滲んでいた。
「堕ちた騎士とは、哀れだなぁ」
仮面の男が、いやらしく笑う。
「本来の力があれば――まだ戦いになっただろうに」
ヴァルドレイザーが、翼を広げる。
ドォンッ!!
地面が抉れる。突風が、全てを薙ぎ払う。
「来るぞ!」
「分かってる!」
アルマが踏み込み、レイが構える。
その背後で。セラは、ただ一人。拳を、強く握り締めていた。
――使えない。
その現実だけが、胸に重く沈んでいた。
セラの秘密とは一体――
遅いくる絶望。
【討伐難度S 風竜討伐開始】
次回は、新たな力の獲得。
セラの真実が徐々に明らかに。




