11話「素材換金×二人に眠る力の片鱗」
遺跡で手に入れた素材を換金しにきた二人。
ざわめく周囲をよそに、二人は手に入れる。
周りを見渡すと、人しかいない。
視界を埋め尽くす人の流れは途切れることがなく、まるで街そのものが呼吸しているかのようだ。
美しいまでに均等に敷き詰められている石造りの道は、陽の光を受けて淡く白く輝き、わずかに熱を帯びている。
靴底が石を叩く乾いた音が、絶えず耳に残る。馬車が通っても余りある広さだが、それでも人の密度がその広さを忘れさせる。
少し歩くだけで、小麦粉の焼き上がる香りがふわりと漂い、腹の奥を刺激する。肉がこんがり焼き上がる匂いが重なり、脂の甘い香りが鼻に残る。
視線を動かせば、鉄板の上で油が弾ける音、火が弾ける音が耳に飛び込んでくる。
所狭しと並ぶ武器や防具は、光を反射しながら鈍く輝き、触れれば重さが伝わってきそうな存在感を放っている。
「うちは、タニア随一のレガリア販売店だよぉ!寄っていっておくれぇ!」
張り上げられた声が、通りの喧騒に溶けていく。重なり合う声の中で、それでもはっきりと耳に届く。
すれ違うのは、人や亜巨人やシーカーなど様々だ。背丈も、歩幅も、纏う雰囲気も違う。
鎧の軋む音、布が擦れる音、獣の息遣い。
全てが混ざり合いながらも、この街の一部として成立している。
賑わうタニアを歩きながら、レイは考えていた。
足は止めない。だが思考は、さっきの男に向いている。
さっきの男……一体何者なんだ…それに、あの首飾りの紋様、どこかで見たような気がする。
記憶の奥に引っかかる感覚。だが、掴めない。霧の中のように、輪郭だけが残る。
「オルグスは、只者じゃないね」
「あぁ、そうだったな」
「兄さん、勝てる?」
「んーどうだろうな」
「ところでよ…」
アルマは、タニアの人達が扱っている、奇妙な道具を指差す。目が輝いている。完全に好奇心に支配されている顔だ。
パンを焼くフライパンの下にある、拳くらいの火が出る球体。青白い炎が安定して揺れ、風に揺られることもない。
庭の水やりに使われている部分的に雨雲を発生させる箱。細かい水滴が霧のように降り注ぎ、土を湿らせている。
肉を焼く際に使用されている、料理人が手に持っている火の吹き出る機械。ゴウッと音を立て、炎が一直線に伸びる。
「ありゃなんだ?見たこともねぇぞ」
「あれは、ガエリア大陸の隣に位置する、アールヴ大陸から輸入されている、魔具だよ」
レイは歩きながらも、視線を外さず観察する。炎の揺らぎ、出力の安定、使用者の扱い方。無意識に分析している。
【魔具】は、アールヴ大陸の最大国家といわれる。魔導国家エイドゥンにて製造されている。どういう構造で自然のエネルギーを、人工的に生み出しているのかは、ブラックボックス化されている。
生活に使用されている道具を見渡しながらレイは更に続ける。
「レガリアに似てるけど、レガリアほどの力はないし、生活用として国交を結ぶガエリオンでも広く流入してるんだ」
「ふ〜ん、世の中便利だなあ」
アルマは感心したように頷きながら、もう一度火の球体を見た。少しだけ手を伸ばしかけて、熱に気づいて引っ込める。
馬車は、ガエリオンの雰囲気と似つかわしくない建物の前で止まる。車輪が石を擦る音が止まり、わずかな静寂が生まれる。
屋根は寄せ棟の瓦、壁は木製で古ぼけている。
だが、ただ古いだけではない。長く使われ続けた跡がある。
建物は一階のみだが横に広く、奥行きも感じる。内部の音が、木の隙間から漏れている。
入り口には、巨大な暖簾が揺れている。風に煽られ、内側の喧騒をわずかに外へと流す。
【シーカーズ・カフェ】
「ここ、オルグスが言ってた場所かあ」
「そうそう、中はシーカー達の酒場になってて、素材買取、仕事の掲示板、シーカー御用達の場所なんだ」
二人は馬車から、キュクロとゴブリンの素材を詰めた箱を降ろし、店の前に積み上げる。箱同士がぶつかり、鈍い音を立てる。中身の重さが伝わってくる。
「まぁ、幾らかにでもなれば儲けもんだな」
「そうだね…僕も相場なんて知らないし…買い叩かれないように頑張る」
二人は積み上げた箱を持ち上げ、中に入っていく。暖簾をくぐる瞬間、外の空気が遮断される。
――その瞬間。
熱気が、押し寄せた。
音が、耳を埋めた。
匂いが、肺に入り込んだ。
木製の床を踏んだ瞬間、外とは別の世界に入った感覚。温度が違う。湿度が違う。空気の重さが違う。
建物中央には、カウンターが受付嬢を四角く囲む受付がある。人の流れが交差し、ぶつかり、流れていく。
受付左側には、建物の半分を埋め尽くす、
百席は置かれている四角いテーブル。椅子が引かれる音、木が軋む音、食器がぶつかる音が絶えない。
所狭しと並ぶ肉、エール、スープ。湯気が立ち上り、脂と香辛料の匂いが空間を満たしている。
囲むシーカー達の声がぶつかり合い、笑い声と怒号が混ざり合う。
そして、せかせかしく注文を取り、食事を運ぶ少女達。足音が途切れない。汗が額に光る。
建物の右側には、壁一面に、隙間なく掲示板が設置してある。紙が重なり、剥がされ、貼り直される。
掲示板の前では、装備を担いだ様々なシーカーで人だかりができている。武器同士が触れ合い、金属音が鳴る。
「お〜ぃ!エールもう一つ!追加で!」
「はい!ただいまー!」
「こっちは肉くれー!」
「はい!ただいまー!」
「討伐難度E、風狐の討伐受注ですね」
「俺の仲間が遺跡で負傷してるんだ、救援隊を編成する依頼を作ってくれよぉ!」
「討伐難度C、雷獣の討伐に向けての四十名の仲間募集ですね」
あまりの広さと忙しさに圧倒されながら、立ち尽くす二人。しかし、その目は輝いていた。
音も匂いも圧も、すべてが現実として叩きつけられている。
「うぉー!レイ見ろよ!うんまそうなでけえ肉だ!」
肉汁が滴り、炭の上で脂が弾ける音が聞こえる。
香ばしい匂いが鼻を突く。
「まずは素材を売らないと」
二人は建物の右側の受付の方に向かう。
人混みを縫うように進む。
受付まで歩く二人に視線が集まる。
視線が刺さる――
「なんだ?あのボロ雑巾みてぇな装備のガキは」
「きっと奴隷かなんかだろうよ」
――ヒソヒソと二人に話題が集まる。
耳に入る声は小さいが、確実に届く。
ざわめきの中、受付に辿り着く。
「はい、御用はなんでしょうか?」
「素材の買取をお願いしたいんです」
「承知しました、素材の買取ですね、こちらの方に置かれてください」
二人は素材の箱をカウンターに置く。
全部で四箱。重みでカウンターがわずかに軋む。
受付嬢が、箱を開ける。
蓋が開く音が、妙に大きく響いた。
「………は?」
一瞬、空気が止まる。
中には、キュクロとゴブリンの牙や爪、皮がギッシリと入っている。血の匂いは既に抜けているが、素材の圧が異様だ。
……この日、受付嬢を担当したメガネのマルルは、この日の出来事を、後にこう話す。
「まさか、当時はあんな少年二人が……後の【爆炎】と【風斬】の二人になるなんて誰も思わないですよぉ、ビックリしますよ!だって二人は!その、装備もボロボロの服でしたから!でもでも!私は素材を見た時に確信したんです!この人達なら――」
――以下、淡々と自慢話が続く。
受付歴五年、おさげ髪メガネの少女マルルは驚愕する。目が見開かれ、指がわずかに震えている。
「な、!なななな!これは!この大きく、質量のある爪と牙、そして綺麗な艶の中にも無骨な頑丈さが滲み出る皮!これはぁ!〜ナンタラカンタラ」
声が一段階上ずっている。
どうやら彼女はキュクロの素材に興奮しているようだ。
「おぃ、おの素材…まじかよ」
「なんであんなガキどもが、キュクロなんて滅多にお目にかかれねぇ素材を持ってやがる」
「そもそも、どうやって倒しやがったんだ…あんなクラスの討伐ともなりゃあ募集がかかるだろ」
マルルの声が聞こえたのか、店内のシーカー達がどよめきだす。ざわめきが波のように広がる。
視線が一斉に集まる。
奥から、長い髪の女性が現れる。
人の流れが、わずかに割れる。
洗練された顔立ちに美しい黒髪。光を受けて艶やかに揺れる。
優しい眼差しで微笑みながら言った。
「マルルちゃん、素材の査定をしてあげてね?」
声は柔らかい――だが、空気が変わる。
――圧
見えない何かが、その場を押さえつける。
「は、はひぃ!セルティア姉様!すぐにやりますぅ!」
マルルの背筋がピンと伸びる。
「なんだか、注目を浴びるような事になってしまってごめんなさいね」
「いや気にしねえよ」
「キュクロって討伐難度Cだったと思うんですけど…僕達が素材持ってくるってそんなに珍しい事ですか?」
「それは、貴方達…キュクロって…討伐ともなれば大掛かりな編成を組んで戦うものなのよ…」
(この子達が倒した……?大人八十人でレガリアが必要なレベルの大鬼を…?いや、それはないわね、どこかの旅団の使いかしら)
セルティアの視線が、二人を測るように揺れる。
「どおりでアイツ強かったわけだなぁ!」
「少し目立ちすぎた、換金したらすぐにアーセナルに行こう」
換金が終わる。
ドンッ!
――目の前に、金ガルの山が入った大袋。
袋の口から、鈍い金の光が覗く。
「え、えーと、キュクロの牙、爪、皮、二体分、そしてゴブリンの牙、爪、数体分…」
マルルはメガネを上げながら、戸惑ったように言った。声がわずかに震えている。
「占めて…二千万ガルで買取らせていただきます。いかがですか?」
「に、二千万ガル!?って、レイどのくらいだ?」
アルマの声が裏返る。
「どうだろう…僕も本で読んだくらいだけど、ガエリオンで家を買うってなったら二億…?一般的な武器や防具を一式揃えたら…百万くらい?」
「うぉー!じゃあ、肉たくさん食えるぅー!」
……肉換算。
周りのシーカー達が、ざわめき始まる。
それもそのはずだ。本来キュクロクラスともなれば、シーカー八十人がかりで倒し、その資金を山分けするのが一般的なのだ。それを二体。しかもボロボロの装備の二人が。
「い、いやアイツらが倒したんじゃねぇだろ」
「すげえ…金だ…」
「一体、どこの旅団が狩ったんだ…しかも二体」
視線が金袋と二人の間を行き来する。
ここにいる誰もが、まさかこの二人がキュクロを、二人で討伐したとは知る由もなかった。理解が追いつかない。
全員が、どこかの旅団の下っ端なのだろうと結論づく。
「どうなされますか?」
「これで良い、兄さん行こ」
「お?おう!」
二人は大袋二袋を担ぐと、そそくさと店を後にする。背後の視線がしばらく追ってくる。
――馬車に乗り込む二人。
木の板に腰を下ろした瞬間、ようやく少しだけ緊張が抜ける。
「想像以上の勝ち取り額だったね」
「あぁ、見た事もねぇ額だ」
「これで武器と防具も買えるね!」
「しゃぁ!このボロ服ともおさらばだ!」
「兄さんは、レガリアで肩から破けてるしね」
「そうなんだよなぁ、肩なしの鎧買おうかな」
「ださ」
「んだとぉ!じゃあレイは何買うんだよ」
「僕は軽装が良いな」
馬車がゆっくりと動き出す。車輪が石を擦る音が、現実に引き戻す。
――進む馬車の後方にて。
不穏な、複数の影が動く。
人混みに紛れ、気配だけが滑るように追ってくる。
「アイツらだ」
遺跡での激闘を制し、手に入れた大金。
向かうは、タニアに支店を置く。
ヘイスト最大の武器屋
【亜巨神の《ヘイスト》兵器庫アーセナル】
しかし、二人はまだ知らない。
後方から、確実に近づきつつある
不穏な気配を――
実は一話から、村人の服を着ていた二人。
ようやく装備を新調しに向かうが
果たして、二人が選ぶ装備とは――




