疑惑
「どうだった?」
神妙な面持ちで、エルレルさんは問う。
「大丈夫でした。とりあえず、エルレルさんの部下に人魔はいません」
「そうか……」
安堵したように長めのため息が出る。
「しかし、参ったよ。よもや魔物が人に化けるなどとはな」
レッカーサーでの一件によって人魔が人に化けるという事実が発覚した。
報告を受けたエルレルさんは、俺にその見分けを命じ、今し方それが完了したところだ。
「今更だが音魔法による見分けは正確なのか?」
「えぇ、間違いないです。レッカーサーの一件で人と魔物の音の違いがわかりましたから」
「そうか。見分けというより聞き分けだな。以前から出来たのか?」
「いえ、昔は音で攻撃することくらいしか出来なかったんですけど」
音波で敵の身動きを封じ、音撃で敵を切り刻む。
昔は本当にこれくらいしか出来なかった。
だけど。
「グリムファーロンで魔物の大群を相手にしてから、どんどん魔法の精度が上がってる気がするんです」
死地を乗り越えて音魔法への理解が深まり、思いも寄らない能力を引き出せた。
魔法を使うたびに洗練され、研ぎ澄まされていくような感覚がずっと続いている。
終わりが見えないくらいに。
「いいことじゃないか。もしや伝説の音騎士として覚醒でもしたか?」
「だと良いんですけどね。俺が伝説の音騎士かどうかも定かじゃないですし」
「こちらとしてはキミが音騎士であったほうが都合がよいのだが、まぁいい」
からかうような口調から一転して、エルレルさんの顔つきに真剣さが帯びる。
「気になるのは人魔が音魔法を知っていて、その対策までしていたことだ。裏で糸を引いている者がいる。その者を突き止めなければな。人魔を使って何をしでかすかわかったものではない」
「とは言っても、人魔は口を割りませんでしたし、手掛かりがありませんよ」
死なば諸共と道連れにしようとしていた。
もしあの場でとどめを指さなければ、誰かが犠牲になっていたかも知れない。
「いや、実はな。手がかりがないわけじゃない。確証はないが黒幕の見当もついている」
「本当に? 誰です? それ」
「シオンもよく知っている人物だ」
そう聞いて浮かぶのは、俺が関わってきた人達の中でもっともそれらしい人物。
「まさか?」
「そのまさかさ。私が疑っているのは他でもない、上級騎士アデリア・アーデンだ」
§
アデリア・アーデンが愛用する頭蓋の盃は二代目である。
一代目を感情に任せて破壊してしまい、アーデンは二代目を大切に使うことに決めていた。
酒を注ぐ際、持ち上げる際、机上に置く際であっても、アーデンは慎重を期していた。
このまま行けば一代目よりも確実に長持ちするに違いない。
だが。
「なぜ奴がまだ生きている!」
アーデンは感情に任せ、二代目の盃を壁に叩き付けた。
「なぜいつもいつも奴は生きて帰ってくる! 私が送った刺客はどうした! どいつもこいつも禄に役割もこなせない役立たずめ!」
感情を言葉に乗せて、息が切れるほど吐き出し、疲れ切った老人のようにどっかりと椅子に腰を下ろす。
頭に上っていた血は下がり、幾分か冷静さが戻ってくる。
狭まっていた視野が広がり、見えたのは壁から滴る酒と砕け散った二代目の盃。
「……くそッ」
握り締めた拳をゆっくりと解いて、背もたれに身を預ける。
見上げた天井に目を引くような特徴はなく、アーデンはただ虚空を見つめていた。
そんな折り、酒に塗れた壁が鏡面のように何かを映す。
それに気がついたアーデンは即座に立ち上がると、その正面に立って片膝をつく。
「申し訳ありません。未だに始末できておりません」
「――」
酒に濡れた壁に映った何かから、人間には聞き取れない声が響く。
「えぇ、えぇ。重々承知しております。必ずや、必ずやかの音騎士を始末してご覧に入れます。ですから、この私に今一度チャンスを」
しかし、アーデンにはその声が言葉として聞き取れていた。
「――」
「ありがとうございます」
アーデンが深々と頭を垂れると、何かが掻き消える。
同時に時間が遡ったかのように砕けた盃が修復され、そのうちに壁から剥がれた酒が注がれる。
すべてが元に戻り、頭蓋の盃が机上に立つ。
「あぁ、なんと素晴らしい。感謝します」
頭蓋の盃を持ち、一息に酒を煽る。
飲み干した後、アーデンは不適な笑みを浮かべて、その場を後にした。




