狙撃
「アデリア・アーデン上級騎士か」
突き出されたフォンの拳を払い、反撃に一撃を見舞う。
「そ。俺の元上司が黒幕かもって話しだ」
こちらの拳は手の平で受け止められて停止した。
「じゃあ、なにか? グリムファーロンのこととか」
足腹を躱して後方に跳ぶ。
「入団試験とか、アバロニーラとか、レッカーサーとかも仕組まれてたってことか」
跳んだ先に畳みかけられ、繰り出される殴打を捌く。
「さぁ、どうだろうな。少なくともレッカーサーの人魔とは繋がりがあるはずだけど――っと」
正面から迫る拳を両手で受け止めた。
「詳しいことはまだなにも。確証もないしな」
「知ってるのは俺たちだけか」
拳を納めて、互いに礼をして組み手を終える。
「あ、終わったー?」
「では、お茶にしましょう」
貸し切り状態の訓練場の隅では、レジャーシートが引かれ、お茶会が始まっていた。
簡易机の上に四つのティーカップ。
ユキは二つに紅茶を注ぎ、イリーナは皿に置かれたクッキーを摘まんでいる。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
シートの上に胡座をかき、出された紅茶に口を付ける。
「お、甘い」
「これ、この前の?」
「はい、蜜蜂草ですよ。上手く煎れられました」
「いいねぇ。女の子って感じ」
同性なはずのイリーナはまた一つクッキーを摘まんだ。
「それで? 結局、これからどうするんだ? 俺ら」
ずずずっと紅茶を飲み干したフォンがクッキーに手を伸ばす。
「エルレルさんの出方次第っしょ。あたしらが勝手に動いてもしようがないし」
「アーデンの野郎をぶっ飛ばして終わりじゃ駄目か?」
「それで違ってたらあたしら全員不名誉除隊になっちゃうでしょうが」
急いては事をし損じるって奴だ。
「俺たちに出来ることは待つことだけだ。美味しい紅茶もあるし、のんびりしてよう。ユキ、おかわり」
「はい、どうぞ」
紅茶を注いで貰い、また口を付けた。
蜂蜜とはすこし違い、花の風味を感じられる。
花屋の店主の言うことに間違いはなかったみたいだ。
「んじゃ、あたしらも組み手やろっか」
「はい。お手柔らかにお願いしますね」
二人が立ち上がり、俺たちは観戦モードに。
魔法が主体のユキと、遠距離主体のイリーナ。
どちらも肉弾戦は不得手かに思われたが。
「よっ、ほっ、はっ」
予想に反してイリーナの体捌きにはキレがあった。
普段からよく動いている人の動きで、ユキは少々分が悪い。
それでもイリーナに食らい付いていく様子を眺めつつクッキーを頬張った。
「んじゃ、お疲れー」
「じゃあな」
「お疲れ様です」
「また明日な」
定時となって訓練場をあとにした俺たちは、その場で解散することに。
フォンとイリーナは別々の方向へと帰路につき、俺とユキは同じ道を歩く。
帰る道が同じなのはいいことで、色々と雑談することで暇を持て余さずに済んだ。
会話は弾み、いつの間にか差し掛かっていて分かれ道の前で足が止まる。
その頃には空が真っ暗になっていて、鎮座する月が俺たちを見下ろしていた。
「では、私はここで」
「あぁ、気をつけてな。夜道は危ないから」
「ふふ、はい。十分、気をつけますよ。シオンさんも気をつけてくださいね」
「あぁ、じゃあ」
男の俺はそれほど気をつけなくても平気だが、とにかくユキとは別の道へと進む。
自宅までの道のりは、先ほどとは違って暇な時間になる。
歩くだけというのは淡泊で味気なく、自然と足は早くなっていた。
大通りを通り、人気のない道へ。
いつも通りの帰路をなぞり、角を曲がる。
「――ッ」
その瞬間、銃声が鳴り響いた。
遠くから鳴った、微かな音。
それは魔法によって消音されたもの。
かなり小さく、普通では聞き取れない。
だが、音魔法がそれを拾い、俺の耳まで届けてくれた。
咄嗟に身を躱し、射線から離脱。
弾丸は虚空を撃ち抜いてアスファルトの地面を穿って跳ね返る。
銃声が鳴った方角から狙撃手の位置を大まかに把握しつつ射線が通らないように遮蔽物に身を隠した。
「なんだ、なんだ、なんだ、なんだ?」
混乱する脳内を必死に整頓しつつ思考は目まぐるしく巡る。
何者かから狙撃された。誰かに殺され掛けた。
それがまず事実。
なら、なぜ俺を殺そうとする?
恨まれる節なんて。
「……あると言えばあるか」
騎士団本部を歩くたびに、注目と鋭い視線を浴びてきた。
俺を睨み付けていたうちの一人が、俺を殺そうと銃を構えたのかも知れない。
いや、でも、だからって殺そうとまでするか?
「恨み辛みじゃないなら、相手は人魔か?」
レッカーサーの人魔は音魔法を把握していた。
恐らくは俺のことも。
なら、俺を殺すことも狙いの一つなのかも知れない。
「ユキと別れた後でよかったな」
いや、寧ろ俺が一人になるまで待っていたのか。
殺しやすい瞬間をじっと待っていたんだ。
「位置がバレるまえに移動するのが対人戦の基本だっけ」
いつだったかイリーナからそう聞いたことがある。
アバロニーラの時のような状況や、知能の低い魔物が相手の場合を除いての原則。
俺を仕留め損ねたスナイパーは、今まさに次の射撃位置を目指して移動しているに違いない。
「今のうちに……駄目か」
助けを呼ぼうと携帯端末を取り出したが表示された電波は圏外。
電波妨害でもされているのか?
だとしたら大がかりだな。
「移動してるなら音が拾えるけど」
遮蔽物に隠れたまま、音魔法で周囲の音を拾いあげる。
風の音、生活音、他愛のない会話、それに混じって響く異音。
屋根を踏み締め、駆ける音を拾う。
だが、その前に。
「相手は一人じゃないか」
狙撃手を捜す過程で、不審人物を三名見付けた。
そいつらは姿を隠すこともなく、俺の目の前に現れる。




