水路
そんな特異な姿をした人魔を警戒しつつ、側で腰を抜かした女性と視線を合わせる。
「大丈夫ですか?」
「は、はいぃ」
女性は涙ながらに返事をする。
恐怖からか立ち上がれそうにない。
「ユキ、この人を頼む」
「はい、任せてください」
駆け寄ったユキに女性を任せると、二人は結界に包み込まれる。
これで安心、あとは人魔だ。
フォンの一撃をもろに食らい、人数もこちらが上。
戦況はこちらが有利だ。
「シュルルルルルルル」
こちらを睨んだ人魔は息を吐いたような声を発し、周囲に幾つもの魔法陣を展開する。
それがもたらす効力は召喚。
幾つもの魔法陣から幾つもの魔物が溢れ出す。
「面倒なの持ってやがる」
召喚された魔物は大小様々であり、種類も多い。
一斉に駆けた魔物たちは、地上と空の二手に分かれて襲い来る。
それに突っ込んだフォンが鋼の拳で蹴散らし、その側を音の火炎が駆ける。
その上空では次々に魔物が撃ち落とされ、その数は急速に減っていく。
「あっ、人魔が逃げてる! 死角に入られた!」
「シオン、追え! 追跡できるのはお前だけだ!」
「あぁ、わかった! ここは任せたぞ」
戦いの最中、人魔を追って狭い路地へと入る。
音が反響しやすい所だが、音魔法に掛かれば追跡は可能。
「あっちか」
人魔が発する音を捉え、それを辿って追い立てる。
石畳の地面を駆け抜け、路地を抜けて幅の広い道へと出る。
瞬間、死角から音が飛びだしてくるのが聞こえた。
「そこか」
奇襲に気付いて返り討ちにし、飛び出してきた音へ刀を振るう。
刃を介して手元に斬った感触を得て、二つに分かれた死体が地に落ちる。
ちょうど月に掛かっていた雲が晴れ、月光の元に死体が浮かぶ。
「こいつは……」
地面に転がったのは小型で、引き裂けたような大きな口と、渦を巻くように生えた無数の牙が特徴的な魔物だった。
「人魔じゃない?」
人魔の音を追い、人魔の音を斬ったはず。
すぐに背後で水の音がして振り返ると、水路から飛沫が上がるのが見えた。
「クソッ。やられた」
仕留めた小型に目を向けると、それは魔物ではなく人魔の片腕になっていた。
人魔と同じ音がしていたのは、自切した一部を変形させていたからか。
召喚だけでなく、自分の肉体も作り替えられるらしい。
「水中に逃げられたらどうしようもないな」
水の中の音を拾うのはかなり難しい。
拾おうとしているうちに逃げられるのが落ちだ。
「……あいつ、俺が音で探知してるって知ってたのか?」
自切した腕を魔物に変えた誘導に、水中へと逃げた一連の動き。
それはどうもあの人魔が音魔法のことを知っていたように思えてならない。
ただの偶然か? 囮なら魔物を召喚すればいいものをわざわざ自分の腕を切る理由がほかにあるか?
「……とりあえず合流するか」
腕になったそれが塵になって消えるのを確かめ、その場を後にする。
来た道を戻り大通りへと戻ると、自警団の人達も集まってきていた。
結界から出た女性が涙ながらに安堵の表情を浮かべて保護されている。
人魔は取り逃がしたが、とりあえず命が救えてよかった。
「お前の言うとおりだった」
声がして振り返ると、キルトさんがいた。
「俺があのまま意地を張っていたらミシェルは死んでいた」
「知り合いですか?」
「あぁ、俺の娘だ」
そう聞いて彼女とキルトさんを見比べる。
そう言われると似ているような、似ていないような。
「娘を救ってくれてありがとう」
「俺たちは仕事をしただけですよ」
「そうか。それが騎士団か」
何度か頷いて、キルトさんは娘の元へと向かう。
それと入れ替わるようにユキたちがこちらに来た。
「どうでしたか? 人魔は……」
「悪い、腕一本だ。でも、新しく人魔の魔法がわかった」
「なら上々だな。今夜は誰も死ななかった」
「ま、あたしらが来る前と比べたら全然オッケーでしょ。人魔の手口もわかったんだし、次は仕留められるでしょ」
「あぁ、これ以上の犠牲者は出させない」
一定の収穫を経て夜は更ける。
決戦の日は明日だ。




