夜道
「おお、来てくれましたか」
レッカーサーの役所に着くなり、お偉いさんに出迎えられた。
そのまま客間に通され、人数分のお茶を出される。
連続殺人による収益低下がよほど痛いのか、かなり低姿勢になっていた。
「よろしくお願いします。このまま解決できなければ街が立ちゆかなくなってしまいます」
「全力を尽くします。そのためにも自警団との協力をお願いしたいのですが」
「えぇ、もちろん。キルトくん」
名前を呼ばれたのは不機嫌そうな顔をした成人男性で腰には剣が差されている。
服装や装備は戦闘を意識されたもので、騎士団の戦闘服に若干似ているように見えた。
彼は不満げな表情をしつつ、ため息を吐いてからようやく言葉を口にする。
「所長。俺はやっぱり納得いきませんよ」
「キ、キルトくん」
「だって、見てください。恥を忍んで依頼したのに来たのがこんな若造四人だけだ。騎士団なんかに頼らなくても俺たち自警団だけで解決して見せますよ」
「し、しかしだね」
「自警団だけで解決できるなら俺たちはここに座ってねーよ」
「なに?」
キルトさんの鋭い視線がフォンに向く。
「あんたらが不甲斐ないから騎士団に泣きつくはめになったんだろうが。現実見ろよおっさん」
「このガキ」
「やんのか?」
フォンが席を立ち、キルトさんと至近距離で睨み合う。
所長さんはあわあわとし、ユキとイリーナの視線が俺に向かう。
しようなく、俺も席を立った。
「そこまでだ。俺が変わるから落ち着け」
フォンの肩に手を置いて下がらせる。
「お前が代わりに相手になるのか?」
「いいえ、そんなことはしませんよ」
両手を挙げてアピールする。
「仲間の失礼は謝罪します。ですから協力してくれませんか? 一刻も早く事件を解決するために」
「必要ない。我々自警団だけでどうにかできる」
「どうか冷静になって考えてください。意固地にならずに」
「くどい。さっさと帰れ」
取り付く島もない。
きっとフォンがなにも言わなくても、返答は同じだったな。
「……貴方の決断で人が死にますよ」
「なに?」
「今日、俺たちが協力することで救える命があるかも知れない。今日、貴方が意地を張ったせいで救えた命が救えなくなるかも知れない。そう言ってるんです」
今回の件で犠牲になった女性の数は七人。
一夜に一人が殺されたと考えると、騎士団に依頼があるまで七日の猶予があった。
それがここまで遅れたのは、きっと自警団が騎士団に頼るのを渋ったから。
渋らなければ、犠牲者はもっと少なかったかも知れない。
「人の命よりメンツが大事だと言うなら俺たちは引き下がります。ただ俺たちは正規の手順で騎士団から派遣されてきた身です。それを追い返したとなれば次はありません。今後何人犠牲者が出ようと、です」
俺たちが何もせずに帰ったせいで人が死ぬなんて御免だ。
「だから、どうか冷静になって判断してください。お願いします、仕事をさせてください」
頭を下げると、後ろでユキとイリーナが立ち上がり、共に頭を下げてくれる音がした。
数秒遅れてフォンも続いてくれたようでキルトさんからは沈黙が帰ってくる。
それから数秒して深いため息が吐き出された。
§
連続殺人の影響からか、夜のレッカーサーは驚くほど静けさに満ちていた。
夜でも活気のある街で、夜釣りや夜船もレッカーサーの名物らしい。
連続殺人が起こってからは見られない光景になってしまった。
証明代わりの飾り付けが、今は空しく映る。
「悪かった、シオン」
静寂の中に響く、フォンの謝罪。
「急にどうした?」
「俺のせいで話が拗れそうになっただろ。だから」
「そのことか」
あの後、あの深いため息の後。
自警団団長のキルトさんは俺たちのことを認めてくれた。
現在は手分けして街の巡回を行っている。
「気にするなよ、あれくらいなんてことない。それに」
「それに?」
「仲間だろ? 俺が困った時は助けてくれ」
「……あぁ、任せとけ」
拳を付き合い、夜の道を行く。
「いやー、でもフォンの気持ちもわかるよ。あたしもムカついたし。フォンが言わなかったらあたしが言ってかも」
「酷い言い方をされましたが、なにはともあれ、良い方向に進んでよかったですよ」
「だな」
結果良ければすべてよし。
人魔捜しに集中しよう。
「んー、犯行現場のパターンからして、次はこの当たりだと思うんだけどなー」
色々と書き込まれたレッカーサーの地図と睨めっこしつつ、イリーナは周囲を見渡した。
街灯の届かない暗がり、死角となる屋根、流れる水路の水面。
どこに人魔が潜んでいても可笑しくなく、警戒心は最大まで引き上がっている。
「どこで見付かってもいいようにと、急行船を手配してくれましたし、水路から捜して見るのもいいかも知れませんね」
「あー、たしかにな。船なら街のどこにでも行けるぜ」
「じゃあ、そっちに切り替えてみる?」
「物は試しだ。このエリアの巡回が終わったら船に乗ろう」
話が纏まり、水路沿いを歩いていく。
ここまで水面に近づくと、水が流れる音が微かに聞こえてくる。
月明かりを反射した細波がキラキラと光る様子が見え、目を奪われていると。
「――待った」
「どったの? シオン」
「なにか聞こえた」
微かにだが、たしかに声らしき者が聞こえた。
耳を澄ませば、またそれらしい音が聞こえてくる。
これは切羽詰まったような、誰かの声音。
誰かが襲われている。
「見付けた! こっちだ!」
三人に合図して音を辿るように駆け出す。
足を進めるたびに音は大きくなり、次第に聞き取れるようになる。
声は言葉にならない悲鳴となって響いていた。
「俺にも聞こえた! この先か!」
フォンは昼間の失敗を取り戻すように駆け、俺を追い抜く。
前衛を譲りつつ駆けると、路地を抜けて大通りに出る。
左右を見渡すと道の真ん中で腰を抜かした女性と、その前で爪を振り上げた人魔がいた。
「二人とも避けてよ!」
イリーナの声と共に、銃を構える音がする。
即座に俺とフォンは射線を空け、その隙間を縫うように弾丸が飛ぶ。
一発の銃声が鳴って直ぐ、人魔は頭部を爪で覆い隠した。
瞬間、爪が砕け散り、弾丸の起動が逸れる。
ヘッドショットを免れた人魔だったが、その衝撃で身が怯む。
そこを見逃すフォンではなく、即座に間合いに踏みこんだ。
「オラァ!」
鋼の拳が虚空を斬って突き出され、その胴を打ち抜く。
衝撃に耐えきれず吹き飛んだ人魔は街灯の下で踏みとどまり、明かりの中にその姿を晒した。
その人魔の第一印象は継ぎ接ぎだった。
あらゆる魔物を人の形に繋ぎ合わせたように見える。
再生した爪は左右で形も大きさ異なり、瞳の色も違う。




