対話
「太初に言葉あり、凝るために言葉がある。つまり太初の上にあるその存在は戯れに過ぎない。現れるのは名辞以前だけ。すなわち太初に行いあり、太初の上に積まれたものがこの世界である。」
「自己とは言語なしでは存在できない。それを破壊しつくせば名辞以前が残る。そこは太初なり。太初の世界は自分と同一なり。」
「自己を区別して他者が残ったのか? 他者を区別して自己が残ったのか? おのころが答え。海と陸、二つは同時に起こった。
太初の問題は名辞以前の問題である。波が侵した・浜が侵されたを違う行いとする愚行はあるだろうか? 分ける行為に名詞はない。」
「また、波打ち際の侵し合いでは逆もしかりともいえるがしかし、それは侵されたという名辞という点に気を付けてほしい。分けた分けられたもなく分けるという動詞があったのである。言葉(厳密には名辞)を廃すとはこういうことである。」
「別けるのに個人差があるのかもしれない。木を見て木に見えるものもいるし、詳しく品種をわかるものもいるし、景色に同化して見えないものもたあるだろう。」
「世界がまた太初に戻りつつあるのなら呪文は再び必要となっていく。」
「人と縁の交わる行為は太初への回帰か、分ける行為か。自身の言葉を用いなければ取り込まれてしまうのである。けれども、彼女の世界は広がっていくのは確かである。厳密には彼女に相対する世界、自己に対する他者が広がるのだ。もっと厳密には、他者ではなく他の言葉を用いるのだ。」
ーーつまり、君は自分が区別しない限りは相手の個をみとめないんだね
「そうだ。地球のうらっかわの人間はうらっかわとしかいえまい。だからこそ、知ることは大事になっていくだろう。その知るには、人間ならば、言葉を紡ぐ用意がいる、と思う。受け売りな言葉で個とするのは相手に失礼だとも思う。」
「交わることで自己は廃される。そこからまた言葉で凝っていく。その言葉をつくった存在が自己だ。」
「みっくすあんどばーん。受け皿は破壊する。際限があるなら最終的には熱的死の状態に至る。」
「死んだ人間が誰かに引き継ぐ行為。体が死んだとして意志はしんだわけではない。自己はまだ続く。
名辞区別を放棄して流されるのも、放棄して引きこもるのもいけない。思想への口出し。集団主義も、個人主義も、馬鹿になってやってはいけない。」
「自己はまだ続く。我を捨て世界を得つつも我は言葉で紡がれていく。天国とはそこである。死と共にそこに至るべき。言捨天至、言捨天至、彼女の目標だった。」
ーー彼女の方法は不干渉の干渉に過ぎない。縁が交わる際に言葉で伝達する。そもそも認識の共有の為に言葉が生まれた。認識なら自己を作るような彼女式は、どうも自己を廃しすぎる。
⇒恐らくこういう。認識と言葉も同時だと。戯れに過ぎない。
ーー不干渉の干渉、干渉の不干渉。これを深く考えるべきだといっていた。




