秋過
しばらく心が空に消えるのを眺めていたーー。
その時はそうすれば恐れも消えると思っていたのである。
薄い雲が幾らか遮って空には太陽がある。 灰の空で輝く様は綺麗とは言い切れず、日は天の誰かに押し窄められている。空の半途に、自分と天の間に、越えられぬ透明の壁があるような気がする。
空にあるのは虚無感であったのかもしれない。
彼女の死は心にぽっかりと穴を開けてしまったのだ。
太陽は見えるのに光は感じないのである。日光の視線は紫の歯車を目に残すだけで、死人のような冷たさと魂の感じない瞳を想起させる空虚だけがあった。
気分が悪くなったので日を直視するのは止した。 柵に寄って田舎の風景を眺めてみることにする。
霜降の頃で紅葉がよく映る。 だが、それと同程度に刈られた田の風景も沁みた。山の空気は地にまでは来ないのだ。だから、日も下に落ちず、人々には見えない重みがあった。
感傷に浸るとどうにも悪い。重みとは自分にも乗っかってしかりであったのだが、今は体が軽い。どうも軽いために自分は例え柵から身を乗り出したって落ちぬ気がした。日もまた落ちぬ気がした。
死ぬ勇気はないし生に恐れを感じている――ならば、一旦、なにもかも忘れてしまおうか?
呟きに呼応するように、秋の風に吹かれて、さあっと山が鳴った。やはり日はまだ地には下りていない。死にきれないからそう想起するのだ。
よし行こうーーそうして目を横に背けた時だ。 女の顔があった。ふと見ると女がいたのである。いつから居たのかは判然としないが、俺と同様にその閑散に見入っている。
黒髪がうなだれて顔を半分ほど遮っていた。 白衣を着ている。ナースかと思ったがどうやら着物のようである。気味が悪かった。死に装束のような出立である。
幻の女がひんやりとした秋風に髪を梳いたのを見て、思わず俺は口を大きく吸った。次には、驚くことも忘れて彼女の名を叫んでいた。
距離も隔たりもないのにその声もまた空に消え行くようであったーー。




