第七話 迎えに来た人
約束の日。
梓は予定より少し早く、待ち合わせ場所にしていたコンビニへ着いた。
「……早すぎたかな」
スマートフォンを見る。
義隆が迎えに来るまで、まだ二十分以上ある。
駐車場で待つことも考えたが、なんとなく落ち着かない。
「ちょっとだけ……」
梓は店内へ入った。
飲み物でも買っておこう。
そう思っただけだった。
ところが。
店内を歩いているうちに、先日のことを思い出してしまう。
――コンビニ。
――車。
――二人きり。
「…………」
梓は小さく首を振った。
「今日は普通のデートなんだから」
そう言い聞かせる。
そして、レジへ向かった。
買ったのは、のど飴。
それから――。
「…………」
袋の中身を見る。
梓は一瞬、目を閉じた。
「……買っちゃったパッケージに猫の絵がついたかわいいのを」
例の「あれ」。
もちろん、今すぐ使う予定などない。
ただ。
万が一というか。
念のためというか。
何があるか分からないし――。
「……って、何を考えてるの、私!」
自分で自分に突っ込む。
顔が熱い。
レジ袋を小さく丸めるように持って、店を出る。
「もう……」
駐車場の隅で深呼吸する。
今日は義くんと会う。
それだけ。
まずは楽しく過ごせばいい。
そう思って顔を上げた、そのときだった。
駐車場の入口から、一台のSUVがゆっくり入ってきた。
落ち着いた雰囲気の、上質な車。
梓は何気なくその車を目で追った。
SUVが駐車スペースへ入る。
エンジンが止まる。
運転席のドアが開いた。
そして――。
降りてきた男性を見た瞬間。
梓の心臓が、大きく跳ねた。
「……義くん」
五年ぶりに再会したときとは違う。
今日は最初から、自分に会いに来てくれた。
カジュアルな服装の義隆が、車のドアを閉めてこちらを見る。
目が合った。
義隆が笑う。
「梓」
「…………」
名前を呼ばれただけで、胸がいっぱいになる。
「早かったんだな」
「う、うん……ちょっとだけ」
「待たせちゃった?」
「全然。今来たところ」
完全な嘘だった。
でも、そんなことはどうでもよかった。
義隆が近づいてくる。
「じゃあ、行こうか」
「……うん」
梓は頷いた。
そのとき、手に持ったコンビニの袋が目に入った。
「…………」
のど飴。
そして、例の買い物。
「……」
急に恥ずかしくなる。
見られたくない。
絶対に見られたくない。
梓はさりげなく袋を身体の後ろへ隠した。
「ん?」
「な、なんでもない!」
「そう?」
「うん!」
義隆は不思議そうに笑った。
そして助手席側へ回り、ドアを開ける。
「どうぞ」
「……ありがとう」
梓は胸の鼓動を抑えながら、助手席へ乗り込んだ。
ドアが閉まる。
車内に二人きりになる。
梓は窓の外を見ながら、そっと息を吐いた。
「……本当に、デートみたい」
小さく呟いた言葉は、義隆には聞こえなかった。
けれど梓は、膝の上に置いたネコちゃんの箱のバッグを見ながら思った。
――買っちゃったものは、もう仕方ない。
私、猫になりたい。
まずは、義くんと一緒に過ごせる時間を楽しもう。
そう思った直後。
「梓、どこか行きたいところある?」
「え?」
「せっかくの休みだし。今日は梓の行きたいところに行こうかなって」
「…………」
梓は一瞬、答えられなかった。
五年前なら。
きっと何も考えずに「先輩と一緒ならどこでもいいです」と言っていた。
でも今は。
二十三歳になった梓は、少しだけ勇気を出して微笑んだ。
「……じゃあ、今日は義くんと一緒にいられるところなら、どこでもいい」
言った瞬間。
「…………」
今度は梓自身が固まった。
「……あ」
顔が熱くなる。
「今の……忘れて」
義隆は少し驚いたように梓を見た。
そして、ふっと笑った。
「それは無理だな」
「……もう」
梓も笑う。
五年前には言えなかった言葉を。
今の二人なら、少しずつ言えるようになっている。
車がゆっくりと駐車場を出る。
梓は窓の外を眺めながら、胸の中でそっと呟いた。
――今日は、どんな一日になるんだろう。
そしてバッグの中には。
誰にも見せられない、小さなコンビニ袋があった。




