第四話 呼び方とデート服
「……また会いましょう」
義隆から届いたメッセージを、梓は何度も読み返していた。
何度読んでも嬉しい。
スマートフォンを胸に抱きしめる。
「……また、会える」
その言葉だけで、頬が緩んでしまう。
でも。
梓の頭の中には、次から次へと別の問題が浮かんできた。
「……あ」
ふと気づく。
「先輩って……呼ぶのかな」
高校時代は、ずっと「先輩」だった。
付き合っていた頃も、なかなか呼び方を変えられなかった。
でも、本当は。
ずっと呼びたかった。
「……義くん」
ぽつり。
口にした瞬間、梓の顔が赤くなる。
「……やっぱり、義くんって呼びたい」
高校時代、一度だけそう呼んだことがある。
そのとき義隆は、少し照れくさそうに笑っていた。
その顔を思い出す。
「……梓って呼んでほしいな」
今度は自分の名前を口にしてみる。
「梓……」
それだけなのに、胸がきゅんとする。
「義くんに……『梓』って呼んでもらえたら……」
想像する。
『梓』
「…………!」
梓はベッドの上で悶えた。
「だめ……!」
枕を抱きしめる。
「そんなの、絶対顔見られない……!」
でも、考えれば考えるほど嬉しくなる。
そして。
次の瞬間。
「あっ」
梓は勢いよく起き上がった。
「服!」
次に会う。
それはつまり――
「デート……?」
口に出してから、梓自身が固まった。
「…………」
数秒後。
「デートだよね?」
誰もいない部屋で確認する。
義隆は「また会いましょう」と言っただけだ。
食事なのか。
買い物なのか。
ただ話をするだけなのか。
まだ何も決まっていない。
なのに。
「……デートに着ていく服、考えなきゃ」
梓はクローゼットの前まで走った。
扉を開ける。
服を一枚ずつ見ていく。
「これじゃ子供っぽいかな……」
「これは地味すぎる」
「こっちは……」
そして、一着の服で手が止まった。
「……これ」
鏡の前で合わせてみる。
少し短めのスカート。
「……」
梓は鏡の中の自分を見る。
そして、にやり。
「義くん……昔からちょっとムッツリだったもんね」
言ってから、自分で笑ってしまう。
ファーストキスの時、スカート短くしたのにキスだけで終わっちゃった、
「……でも、これくらいなら」
スカートを身体に当てながら、少しだけ考える。
高校生の頃とは違う。
今は二十二歳。
少しくらい大人っぽく見られたい。
けど高校生の頃制服のミニスカートが可愛いと小さな
声で呟いた一言。
「……よし」
しかし、鏡に映った自分の脚を見て。
「…………」
梓は急に真顔になった。
「足……」
じっと見る。
「もうちょっと細くならないかな」
そして突然、ふくらはぎを揉み始めた。
「細くなれ〜」
もみもみ。
「細くなれ〜……」
さらに念を込める。
「義くんに可愛いって思ってもらえる足になれ〜」
そこまで言って、梓は我に返った。
「……私、何やってるんだろ」
顔が熱くなる。
けれど。
鏡を見ると、自然と笑ってしまう。
五年ぶりに再会した。
そして、もう一度会える。
それだけで、こんなに嬉しい。
「……あ」
梓はスマートフォンを思い出した。
「返信!」
慌ててベッドに戻る。
画面を開く。
義隆からのメッセージ。
『僕も懐かしくて楽しかったよ。佐野さんさえ良ければ、また会いましょう』
「……佐野さん、か」
梓は少しだけ唇を尖らせた。
「私は……もう『先輩』って呼びたくないのに」
五年前は、それでもよかった。
でも今は。
もう少しだけ近づきたい。
昔みたいに。
いや。
昔以上に。
「……義くん」
小さく呟く。
そして、文字を打ち始めた。
『はい。私もまた会いたいです』
そこで止まる。
「……うん」
悪くない。
けれど。
もう一言。
『今度は、ゆっくりお話ししたいです』
入力。
また止まる。
「…………」
送信ボタンを見る。
今度はさっきほど怖くなかった。
むしろ――
早く送りたい。
「えいっ」
送信。
スマートフォンを胸に抱える。
「……送った」
梓はベッドの上で小さく丸くなった。
そして、もう一度だけ呟く。
「……義くん」
五年ぶりの恋は。
まだ「恋人」に戻ったわけではない。
それでも梓の心の中では――
もう、あの頃の呼び方が戻り始めていた。




