第三話 また会いましょう
風呂から上がった義隆は、タオルで髪を拭きながら自分の部屋へ戻った。
「……ふぅ」
土曜日の夜。
明日は休みだ。
久しぶりにゆっくりできる。
そう思いながらベッドの脇に置いていたスマートフォンを手に取った。
画面には、一件の通知。
「……あ」
佐野梓。
今日、五年ぶりに再会した高校時代の後輩。
そして――かつて付き合っていた相手。
義隆は通知を開いた。
『今日はありがとうございました。久しぶりに先輩に会えて、すごく懐かしかったです。また、よかったらお話ししたいです』
「…………」
自然と笑みがこぼれた。
今日のことを思い出す。
本屋で偶然会ったときの、あの驚いた顔。
高校生の頃と変わらない笑い方。
けれど、五年という時間を経て、少し大人になった梓。
カフェで向かい合って話した時間も、不思議なくらい心地よかった。
義隆にとっても、今日は本当に懐かしい一日だった。
「……僕も、楽しかったな」
スマートフォンを持ったまま、少し考える。
けれど、悩む必要はなかった。
伝えたいことは決まっている。
義隆はそのまま文字を打った。
『僕も懐かしくて楽しかったよ。佐野さんさえ良ければ、また会いましょう』
「これでいいか」
送信。
数秒後。
既読がついた。
義隆はそれ以上考えなかった。
スマートフォンをベッド脇に置き、濡れた髪をもう一度タオルで拭く。
五年ぶりに会った昔の彼女。
また会う。
それだけのことだと思っていた。
少なくとも――この時の義隆は。
一方。
「…………」
梓は、ベッドの上でスマートフォンを握りしめたまま固まっていた。
通知が来た。
心臓が跳ねる。
「……来た」
恐る恐る画面を見る。
『僕も懐かしくて楽しかったよ。佐野さんさえ良ければ、また会いましょう』
「…………」
数秒。
いや。
梓には数分にも感じられた。
「……また……」
声が震える。
「また会いましょう……?」
画面を見つめたまま、梓の頬がじわじわ赤くなる。
「……先輩から?」
自分でも信じられない。
あまりにもあっさりとした返信だった。
だからこそ、余計に嬉しかった。
自分はあれほど悩んだ。
何度も文章を書いて、消して。
送信ボタンを押すだけで、あんなに緊張した。
それなのに。
義隆は、ほとんど迷った様子もなく――
また会おう、と言ってくれた。
「…………」
梓はスマートフォンを胸に抱きしめた。
「……よかった」
小さく呟く。
嬉しかった本当に嬉しかった。
スカートの裾が乱れるのも気にせずに足をバタバタした。
でも。
その直後。
「……待って」
梓はゆっくり顔を上げた。
「また会うって……いつ?」
そこまで考えた瞬間、再びパニックが始まった。
「え……次、いつ会うの?」
スマートフォンを見る。
返信しなければ。
でも。
何て返す?
『はい、ぜひ』
これでいい?
いや、普通すぎる。
『私もまた会いたいです』
……これは、かなり気持ちが出てしまう。
『ありがとうございます』
……いや、それだけでは会う話が進まない。
「…………」
梓は再びメッセージ画面とにらめっこを始めた。
五年前。
恋人だった頃は、もっと簡単だった。
『明日、一緒に帰ろ』
それだけでよかった。
今は違う。
社会人になった二人には、それぞれの生活がある。
仕事もある。
予定もある。
五年間という空白もある。
だからこそ――
梓は、今度こそ慎重にしたかった。
でも。
胸の奥では、もう答えが決まっていた。
――会いたい。
今度は、ちゃんと会いたい。
昔の続きではなく。
大人になった自分たちとして。
「……先輩」
梓は小さく笑った。
そして、返信欄に指を置いた。
今度は、さっきよりほんの少しだけ、素直な言葉を選ぼうと思った。




