第23話 今日はここまで
義隆の胸元に顔を寄せたまま、梓はしばらく動けなかった。
幸せだった。
五年間、ずっと心の奥にしまっていた気持ち。
それが今、ようやく義隆に届いた。
そして――。
さっきのキス。
もう一度、義隆の顔を見る。
「…………」
胸が高鳴る。
もっと近くにいたい。
もっと、この人と一緒にいたい。
そんな気持ちがどんどん膨らんでいく。
「……このまま」
「ん?」
梓は小さな声で呟いた。
「私の初めても……もらってくれないかな」
「…………」
義隆が瞬きをする。
梓は続けてしまった。
「私、二十二になっても……その……しょ、処女なんだけど……」
「…………」
「…………」
数秒の沈黙。
梓の顔がみるみる赤くなる。
「……梓?」
「…………」
「今、何か言った?」
「……ヤダ」
「え?」
「口に出てた……」
梓は両手で顔を覆った。
「忘れて!」
「いや、忘れろと言われても……」
「お願いだから!」
耳まで真っ赤になった梓を見て、義隆は困ったように笑った。
そして――。
「……この前、コンビニで買ってた小箱」
「…………!」
梓の動きが止まる。
「あれって、そういうことだったのか」
「…………」
「梓?」
「……はい」
小さな声。
「そうです……」
「なるほど」
義隆はそれ以上、からかわなかった。
梓が今、恥ずかしさと緊張でいっぱいいっぱいなのが分かったからだ。
「……今日は、もう十分だな」
「え?」
「今日だけで、いっぱい思い出できただろ?」
「……うん」
「だから、今日は送るよ」
「…………」
梓が顔を上げる。
「義くん……嫌じゃないの?」
「何が?」
「私が……あんなこと言って」
義隆は少し笑った。
「嫌なわけないだろ」
「……じゃあ」
「でも」
義隆は梓の目を見る。
「焦らなくていいと思う」
「…………」
「俺も梓のこと、ちゃんと大切にしたいから」
梓の胸がまた熱くなる。
「……うん」
「今日は家まで送る」
「……分かった」
二人はゆっくり歩き出した。
車の中でも、梓はしばらく顔が赤いままだった。
「…………」
「梓」
「なに?」
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
「だよな」
二人で笑う。
しばらくして、義隆が言った。
「また、今日みたいに笑ってる梓に会いたいから」
「…………」
「今日はちゃんと家まで送るよ」
梓は窓の外を見ながら、そっと笑った。
「……うん」
五年ぶりに再び始まった恋。
まだ二人には、これから話したいことも、知りたいこともたくさんある。
だから今夜は――。
幸せな余韻を抱えたまま、それぞれの家へ帰ることにした。




