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第十五話 バッグの中の秘密

 月曜日の朝。


 義隆はいつも通り出社した。


 多少、浮かれている自覚はある。


 昨日の梓とのデートを思い出せば、自然と口元が緩む。


 けれど、それはそれ。


 仕事は仕事だ。


「近江君、この資料お願い」


「はい。昼までにまとめておきます」


 頼まれた仕事を片付ける。


 メールにも返信する。


 電話にも出る。


 いつも通り、淡々と仕事をこなしていく。


 時々、スマートフォンを見てしまう程度だ。


「……昨日、楽しかったな」


 小さく呟いて、仕事に戻る。


 一方――。


「…………」


 梓の職場では、少々事情が違っていた。


 パソコンに向かう表情は、どこか嬉しそう。


 入力も正確。


 仕事も早い。


 問題は――。


「…………」


 時々、バッグをごそごそしていることだった。


 同僚がちらりと見る。


「梓さん?」


「はいっ!」


「またバッグ見てません?」


「え?」


 梓は慌てて手を引っ込めた。


「……見てないよ?」


「いや、今見てましたよ」


「ちょっと確認しただけ」


「何をです?」


「…………秘密」


 梓はバッグの口をそっと閉じた。


 中には財布、化粧ポーチ、スマートフォン。


 そして――小さな封筒が一つ。


 その中には、次に義隆と会ったときに渡そうと思っているものが入っている。


 大したものではない。


 ほんの小さなプレゼント。


 でも。


 梓にとっては、とても大切なものだった。


 昨日、帰宅してから何度も考えた。


 ――これ、渡しても変じゃないかな。


 ――重いって思われないかな。


 ――「ありがとう」って普通に渡せばいいよね。


 そう思ってバッグに入れた。


 ところが。


 会社に着いてからも気になって仕方がない。


 ちゃんと入っているかな。


 折れてないかな。


 なくしてないかな。


 そもそも、渡す勇気はあるかな。


「…………」


 梓はまたバッグに手を伸ばした。


「梓さん」


「はい……」


「またですか」


「……ちゃんとあるかなって」


「何が?」


「だから……秘密」


 同僚は呆れたように笑った。


「朝からずっとニコニコしてるし、バッグには秘密のものが入ってるし」


「……そんなに顔に出てる?」


「かなり」


「…………」


 梓は頬を押さえた。


 そして、バッグの中をもう一度だけ確認する。


 小さな封筒。


 ちゃんとある。


「……よし」


 安心して仕事に戻る。


 ところが数分後。


 また気になる。


「…………」


 バッグを見る。


「梓さん」


「……はい」


「バッグ禁止です」


「うぅ……」


 梓は渋々、バッグを机の下へ置いた。


 それでも心の中では、封筒のことばかり考えていた。


 ――次に義くんに会ったら渡そう。


 そのとき、どんな顔をするだろう。


『これ、義くんに』


 そう言って渡す自分を想像する。


「…………」


 顔が熱くなる。


「絶対無理……」


 小さく呟いた。


 しかし。


 その日の午後。


 同僚が席を外した隙に。


 梓はまたバッグを開けた。


 封筒をそっと確認する。


 その上に、昨日買ったリボンが重なっている。


「……これも持ってきちゃった」


 義隆が選んでくれたリボン。


 眺めるだけで嬉しくなる。


「次はこれ付けて行こうかな……」


 そして封筒を見る。


「……こっちは、ちゃんと渡さなきゃ」


 梓は小さく頷いた。


 その瞬間。


「佐野さん」


「ひゃっ!」


 上司の声。


 慌ててバッグを閉じる。


「何してるの?」


「な、何でもありません!」


「……仕事はちゃんとできてるんだからいいけど」


 上司は苦笑する。


「バッグの中に大事なものがあるなら、休み時間に確認しなさい」


「……はい」


 梓は素直に頷いた。


 けれど。


 バッグの中の小さな封筒を思うと、また頬が緩んでしまう。


 次に義隆と会ったとき。


 これを渡す。


 そのとき、自分はどんな顔をしているだろう。


 そして義隆は――どんな顔をするだろう。


「……楽しみ」


 仕事中なのに。


 また、梓の頭の中は義隆でいっぱいになっていた。


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