第十三話 もう、好きすぎる
あの日のデートから、二人は少しずつ会う回数を増やしていった。
最初は映画だった。
「何見る?」
「義くんが決めていいよ」
「じゃあ、これ」
「えっ、意外」
「面白そうだろ?」
「うん!」
映画が終われば、そのまま食事をする。
次は水族館。
「梓、こっち」
「待って、クラゲ見たい!」
「あとでゆっくり見ればいいって。まずイルカショー行こう」
「えぇ~」
「ほら、時間なくなるぞ」
「……もう、義くんってば」
そう言いながらも、梓は嬉しそうについていく。
そして、ショッピング。
「これ、似合うんじゃない?」
「え?」
義隆が手に取った服を、梓の身体に合わせる。
「……どう?」
「うん。似合う」
「じゃあ……買おうかな」
「気に入ったなら買えばいいよ」
「義くんが選んでくれたから買う」
「僕が?」
「うん」
そんなやり取りを繰り返すうちに。
二人の会話は、いつの間にかすっかり自然になっていた。
最初の頃にあった、五年分のぎこちなさはもうない。
笑うタイミングも。
相手が何を考えているのかも。
少しずつ分かるようになってきた。
義隆は優しい。
梓が疲れていれば自然に休憩を提案する。
人混みではさりげなく梓を内側に歩かせる。
重い荷物を持っていれば、何も言わずに受け取る。
そして時々――。
「梓、こっち」
「え?」
「大丈夫。僕についてきて」
そんなふうに、少し強引なくらい先を歩く。
迷うことなく道を選び。
混雑していれば自然に梓を誘導する。
その姿を見るたびに。
梓の胸は、どうしようもなく高鳴った。
「……ずるい」
「何が?」
「なんでもない」
そんなことを何度繰り返しただろう。
気がつけば梓は――完全に義隆に夢中になっていた。
昔好きだった。
それは確かだ。
でも今は、それだけじゃない。
五年前の思い出だけではなく。
今、目の前にいる二十二歳の自分が、今の義隆を好きになっている。
そのことが、梓には嬉しかった。
そして。
ある休日。
家に帰った梓は――。
「ただいま!」
玄関を開けるなり、頬を緩ませていた。
「おかえり。今日は楽しかった?」
「うん!」
靴を脱ぐ。
バッグを置く。
そして自分の部屋へ駆け込む。
「義くん……」
ベッドを見る。
次の瞬間。
「きゃーっ!」
梓はベッドに飛び乗った。
ぽすん。
そのまま枕を抱きしめる。
「もう、好き!」
ごろん。
「好きすぎる!」
ばたばた。
「どうしよう……!」
足をばたつかせる。
すると。
「梓!」
階下から母親の声が響いた。
「はいっ!」
「二階で何をドタバタしてるの!」
「ご、ごめんなさい!」
梓は慌てて動きを止めた。
「もう……」
枕に顔を埋める。
そのとき。
部屋のドアが少し開いた。
「お姉ちゃん、帰ってきた?」
「楓……」
妹が顔を出す。
「今日も彼氏とデート?」
「……彼氏じゃない!」
「またまた」
「まだ、そういう関係じゃないから!」
「ふーん」
妹はニヤニヤしながら部屋に入ってくる。
「で?」
「何?」
「今日は何したの?」
「映画見て、ご飯食べて、それから買い物」
「へぇ」
妹は梓の顔を見る。
「それで?」
「それでって?」
「彼氏とデートして――」
一拍。
「そんで、シタの?」
「…………っ!」
梓の顔が一瞬で真っ赤になった。
「な、何言ってるの!」
「えっ、何の事だと思ったの」
「もう!」
梓は枕を妹に投げる。
「きゃっ!」
「お姉ちゃん!」
「出てって!」
「はいはい」
妹は笑いながら部屋を出ていく。
ドアが閉まる。
「…………」
梓は真っ赤な顔のまま、ベッドに倒れ込んだ。
「……もう」
でも。
さっきまでの恥ずかしさとは別に。
胸の奥には、幸せな気持ちが残っていた。
まだ恋人ではない。
まだ、あの頃のように手をつないだわけでもない。
それでも。
義隆と一緒にいる時間は、確実に特別になっている。
梓は枕を抱きしめながら、スマートフォンを取り出した。
画面には、今日撮った水族館の写真。
その隣には、義隆から届いたメッセージ。
『今日は楽しかった。また行こうな』
「……うん」
梓は小さく笑った。
「私も、また行きたい」
そして。
誰にも聞こえない声で。
「……義くんと、ずっと一緒にいたい」
そう呟いた。




