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第十一話 覚えていてくれた

 カフェを出ると、義隆が駐車場の反対側を指差した。


「あれ、何かやってるみたいだな」


「ほんとだ」


 駐車場の向こうには、いくつもの小さなテントが並んでいた。


 手作りのアクセサリー。


 陶器。


 木製のお箸。


 小さな雑貨。


 どうやら、週末限定の蚤の市らしい。


「ちょっと見ていかない?」


「うん!」


 二人で歩いていく。


 店先に並ぶ色とりどりの品物を見ていると、梓の表情がどんどん明るくなっていった。


「わぁ……可愛い」


「こういうの好きだったよな」


「覚えてるの?」


「何となく」


 小さなアクセサリーを手に取る。


 花を模したイヤリング。


 木製のブローチ。


 手作りの髪飾り。


「これ、可愛い……」


 梓が楽しそうに品物を眺める。


 次の店では、可愛らしい柄のお茶碗が並んでいた。


「これ、義くんのお茶碗にどう?」


「僕?」


「うん。これならご飯がおいしく見えそう」


「梓、完全に店員さんみたいだな」


「じゃあ、こっちは?」


「僕の意見は?」


「聞いてない」


「ひどいな」


 二人で笑う。


 さらに歩くと、昔ながらのお菓子を売っている店があった。


 小さな袋に入った金平糖。


 そして、ころころとした一口サイズのちびカステラ。


「わぁ……!」


 梓の目が輝いた。


「懐かしい!」


「金平糖?」


「うん。昔、お祭りで買ってもらったことある」


「僕はちびカステラ派だったな」


「えっ、義くん甘いの好きだったの?」


「これは梓みたいにおチビだからな」


「おちびって言わないでよ。よっ、義くんが好きなら、買おうかな」


「両方?」


「もちろん」


 二人で笑いながらお菓子を選ぶ。


 その瞬間。


 梓はふと思った。


 ――楽しい。


 まるで高校生に戻ったみたいだった。


 仕事も。


 将来のことも。


 五年間の空白も。


 今だけは全部忘れて。


 ただ、目の前にある可愛いものや美味しそうなお菓子を見て、笑っている。


「……なんか」


「ん?」


「童心に帰ったみたい」


「分かる」


 義隆も笑った。


 しばらく歩くと、今度は髪飾りを並べた店の前で梓が足を止めた。


「可愛い……」


 色とりどりのリボンが並んでいる。


 淡いピンク。


 水色。


 白。


 花柄。


 小さなレースが付いたもの。


「こういうのも好きだったよな」


「うん」


 梓がリボンを眺めていると。


 義隆が突然、言った。


「そういえば梓って、普段ストレートヘアーが多いけど」


「え?」


「たまにポニーテールとかツインテールにしてたよね」


「…………」


 梓の手が止まった。


「……覚えてるの?」


「覚えてるよ」


 あまりにも自然に答える義隆。


 梓の胸が大きく鳴った。


 高校時代。


 部活の日によって髪型を変えることがあった。


 暑い日はポニーテール。


 休日の演奏会では、少し気合いを入れてツインテールにしたこともある。


 そんな細かいことまで。


「……義くん、覚えてたんだ」


「うん」


 義隆は並んでいるリボンを見た。


「これ、梓に似合いそう」


 淡い色のリボンを一つ手に取る。


「……え?」


「髪につけてみる?」


「…………!」


 梓の頭の中が真っ白になった。


「い、今?」


「うん」


「ここで?」


「嫌ならいいけど」


「嫌じゃない!」


 即答してしまった。


「…………」


 梓は自分の勢いに気づいて、真っ赤になる。


「……嫌じゃ、ないです」


 小さく言い直す。


 義隆が笑った。


「じゃあ、つけてみよう。お姉さんこれください」


 梓はリボンを受け取った。


 手のひらの上に乗せる。


 小さくて、可愛い。


 でも。


 梓にとっては、それ以上に特別なものに見えた。


「……義くんが選んでくれたの?」


「うん」


「……嬉しい」


 声が小さくなる。


「じゃあ……つけてくれますか?」


「僕が?」


「……うん」


 言ってしまった。


 義隆が少し驚いた顔をする。


 梓は慌てて付け加えた。


「その……昔みたいに」


 義隆が笑う。


「分かった」


 梓は背を向けた。


 髪をまとめてもらう。


 指先が髪に触れるたび、梓の心臓が跳ねる。


 高校時代。


 音楽室で何度も隣にいた人。


 今、その人に髪を触れられている。


「……じっとしてて」


「う、うん」


 数秒後。


「できた」


「……どう?」


「似合ってる」


「…………」


 梓は振り返った。


 義隆が笑っている。


 その顔を見た瞬間。


「…………」


 胸の奥から、五年前の気持ちがまた溢れてくる。


 恥ずかしい。


 嬉しい。


 懐かしい。


 そして――好き。


 いろんな感情が一度に押し寄せてきて、梓は完全に混乱していた。


「……どうした?」


「な、何でもない!」


「顔、赤いけど」


「暑いの!」


「今日はそんなに暑くないけど?」


「……もう、義くん!」


 梓は顔を隠すように髪を触った。


 リボンが指先に触れる。


 それだけで、また胸が高鳴った。


 五年前。


 好きだった人。


 そして今。


 もう一度、好きになってしまった人。


 義隆が何気なく選んでくれた小さなリボンは――


 梓にとって、今日一番大切な買い物になった。


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