8:可憐な天使
コッツフェルド公爵家の応接室は我が家とは段違いの豪華さだった。
とりあえず安全な場所にという事で、侯爵のお屋敷に移動し、今私は、赤く跡が残る首の手当てを受けていた。
「マリーかわいそうに。こんなに華奢な首に、なんてことを…」
ウィルが労わるように私の方に手を伸ばしたが、反射的にその手を避けた。
傷ついたような顔をするウィル。
「まさか君が学園にいたなんて驚いたよ」
「それは驚かせて、・・・」
続くはずの(ごめんね)の言葉が出ない。言いたくない。ぐっと唇をかむ。
(ねえ、なんでセリーヌ様と踊っていたの?)
今までの私ならさっさと問い詰めてやれたのに、何かがこみあげてきて、こらえてしまう。
「おい浮気者。姉さんに触るな」
リアムが低い声を発する。
「は?誰が?」
「とぼけないでくれ、ウィリアム君。君だよ君。僕は今日だけじゃなく何度も見ているのだよ。姉さんには忙しいと嘘ついて、セリーヌ様と会っていただろう」
「リアム、なんでそれを!?そっか、わかったぞ、二人が学園にいた理由が。変なことをマリーに吹き込んだんだろう。お前はいつも彼女にストーキン・・・」
「ファンだ」
言い放った後、胸を張って堂々と足を組みなおすリアム。謎の威厳。
「僕の事はいい。話をそらすな。姉さんをほっておいて、なぜセリーヌ様とあいびきしてたか説明してもらおう」
「あいびきじゃない!王宮の仕事で、セリーヌ様にお会いする必要があったんだ」
「マリー様、それは、誓って本当の事です。信じてあげてください」
セリーヌ様の静かな声は、聞く者の心を落ち着かせる。
「内容は言えませんが」
「わかりました。それじゃあ、あのダンスも、公務なんですか?リアムによると、過去何度も踊っていたと」
「そ、それは」
ひどく嫌そうに、でも最後は観念したのかウィルは小さな声で答える。
「練習をお願いしたんだ。マリーといつかちゃんと踊れるように。僕は、ダンスが下手だから」
シーンとなる。
「信じてないだろ?」
「ええ。超絶嘘っぽいと思った。嘘のレベルが低すぎて引くわ。練習かこつけてセリーヌ様口説いてるようにしか見えなかった」
「浮気確定だな。姉さん、帰ろう。こいつ調子乗ってるよ」
「待て待て待て」
黒頭巾の護衛がくすくす笑い出す。
「失礼いたしました。私はセリーヌ様の護衛の者で、クリスと申します。いや、さすがにウイリアム殿が気の毒になりまして。一応、彼がいう事に、嘘はありません」
「一応ってなんだよ…」
ウィルが睨む。
「まず、マリー嬢にはお礼とお詫びを。今回、先に不審者に気付けなったのは我々の落ち度。いち早く対応してくださったマリー嬢に、心から感謝申し上げます」
「いいえ、お役に立ててよかったです」
のぞいていたこちらも不審者なんだけどね、と若干後ろめたい。
「だが、奴にあなたの名前を知られてしまったことが口惜しい」
クリスはちらとウィルの方見る。悔しそうに唇をかんでウィルはうつむく。
「私が誰かなんて、調べれば簡単にわかることです」
「それはそうですが、あの場所でわざわざ情報を与える必要はない。あなたは普段学園に出入りしていない。今日以降、奴が貴女への興味を失う可能性は十分あったのに」
ウィルの握りしめている拳がだんだん白くなっていく。
「杞憂ならいいのです。しかし当分、貴女への警護を厚くさせてください」
「わかりました。ご配慮、ありがとうございます。あの者は…やはりセリーヌ様を狙って?」
「答えられません」
強い拒絶。私は部外者なのだと、思い知らされる。
ふっとクリスは気配を緩めた。
「それにしても、果敢でしたな、マリー嬢。凛とした立ち姿、私はしばし目が離せなかった」
急に優しい口調に、「へ?」と間の抜けた顔を向けてしまった。
「正直ウィリアム殿にはもったいない。もっと良き縁があるのではないですかな、例えば・・・」
「何を言い出すんですか!マリーは僕の婚約者なんだ!」
勢いよく立ち上がって思わずテーブルを派手に動かしてしまうウィル。
セリーヌ様がつとクリスの方に指を差し出した。
「ねえ、貴方、私の護衛なのよね?出しゃばりすぎじゃないかしら。度が過ぎると、その頭巾、ど派手なピンクにしちゃうわよ!」
突然のくだけた発言にびっくりしてしまう。
「ごめんなさいね、クリスって護衛のくせになんか偉そうで嫌よねえ。それにこの頭巾どう思う?目立ってしょうがないでしょ。日光アレルギーなんですって。護衛向いてないわよね。威圧感がうっとうしいから、今度、色違いの頭巾かぶらそうと思ってて。うふふ」
すごい、重苦しい空気を一瞬で和やかにしてしまった。
さすが男女関係なく皆が憧れる女性だ。
見とれていると、セリーヌ様は「思いついた」という表情でパンと手をたたいた。
「よし決めたわ!もう、殿方はお帰りください!クリスは別室で待機。マリー様、残ってらして。二人で女子会しましょう!」
「セリーヌ様、しかしそれでは我々としては…」
「じゃあ花柄にする?」「諸君、撤収だ」
「えーやだよ、せっかくセリーヌ様とお近づきになれたのに,これからってとこで!」
皆を追い出した後、ばたんと扉をしめて「やってやったわ」とお茶目に笑うセリーヌ様は、あまりに可憐で天使のようだった。




