9:可憐だけじゃなかった天使
「実はずっとマリー様とお話したかったの」
ティーセットをテーブルに置いた侍女を、セリーヌ様は下がらせる。
「すごく元気なご令嬢がいると社交界でお聞きしていて。その方が、なんとあの、真面目そうなウィリアム様とご婚約されたなんて。ウイリアム様、急にお忙しくなられて、ご心配されたでしょ?誤解させて、ごめんなさいね」
「滅相もございません」
「ウィリアム様、お仕事の理解が早いから、頼られることが多いようなの」
「公務のお話はもういいんです、私が知るべきでない事は詮索いたしません。彼の仕事の差支えになりたくないので。お気遣いなく」
「潔いのね。貴女のような方にもっと早くお会いしたかったわ」
頃合いを見て、流れるような所作で紅茶をカップに注いでくださる。
「ウィリアム様はマリー様と婚約できて、幸せ者ね」
「そうでしょうか・・・セリーヌ様とダンスをしていたウィルはとても楽しそうでしたし・・・私といるよりか・・・」
すんと真顔になるセリーヌ様
「あのね。あの方、下手なのよ」
「はい?」
「ありえないほど下手なのよ。ダンス。」
美人の真顔は怖い。
「もうね、どれだけ練習したと思う。何度足踏みつけられたか。二度と踏ませないように、靴の表面に鋲を逆さに着けてやろうかと思ったわ。あの方、色々出来は良くても、結構不器用よ。ダンスの才能は、最低」
美人の毒吐きは殺傷能力高めだ。
あらいけない、私ったらと、また天使の笑顔に戻る。
「ウイリアム様は、好きな女の子の前でかっこつけたくて、ずっと頑張ってきたんじゃないかしら。余計な努力もあったかもね。本当に器用だったら、学園にいる間に貴女を口説き終わってるはずよ。卒業後にようやく、なんて、どこまで不器用なのかしら」
好きな女の子?えへ、そうなのかな?浮気相手かと警戒していたはずの相手の言葉にも関わらず、思わず頬が緩んでしまった。
それにしてもウィルに苦手なものがあるなんて知らなかった。小さい頃はすぐビービー泣いて頼りなかったが、成長するにしたがって勉強も武術でもなんでも上位の成績取るようになった、学園に首席で入る頃には、いつも「簡単な事だ」って澄ました顔が身についていた。実は陰ですごく頑張ってたのかな。だとしたら、私は、全然ウィルの事わかってなかった。
「そうそう、お帰りになるときはお土産に、こちらをお持ちになられてね」
渡された封筒の中に、何枚かカードが入っていた。
『研究棟 見学申込書 一般者用』
「弟さんにどうぞ」
小首をかしげて優雅に笑うセリーヌ様。
入館許可証でもなく、ただの見学申し込み書。さらに関係者でもなく、一般者用。
研究棟の受付に行けば誰でももらえるやつ。
―――これがあるだろう、と。
もう、のぞくなよ、と。
皮肉強めの天使だった。




