6:潜入捜査の先に出くわしたものは
はっと意識が戻ったのは、翌日の朝食中だった。いや、食べ終わっていた。呆然としながらも、私は全て平らげたらしい。味はわからないけど、ごちそう様でした。
目の前に、まだもそもそパンをかじっている弟がいる。寝ぐせつけたままで。
よく考えたらこの愚弟のいう事だよ。見間違い、という事もある。ウィルの証言は、手紙では忙しいと言っていた。婚約者に会えないほどに。
両者の発言の信頼度は?世間的には圧倒的にウィルだな。
とにかく、事実確認が必要だ。
あーでもね。
やっぱりかあの野郎という怒りとか、本当だったどうしようとお腹がぎゅっとなったりとか、ずっと気持ち悪いんだよね。
ここは感情を一旦横に置いて、事実がはっきりしてから、思う存分泣くこととする。
その後、必要とあらば、私の乙女心をもて遊んだ報復の方法や慰謝料の額を考えるとしよう。
出奔用荷物もそのままにしといて正解だったかも。慰謝料で豪勢な出奔生活を送ってやるわ。
方針は決まった。
「よし、放課後、一緒に研究棟に行くわよ!この目で確認してやる!」
***
授業が終わったリアムと合流し、彼の誘導に従って研究棟横の茂みの中を身をひそめながら進む。
「ねえ、本当にこれであってるの?いつもこんな感じなの?」
「しっ、小さい声で。セリーヌ様はいつも黒頭巾の護衛つれてて、そいつに捕まったらやばそうなんだよ。絶対気づかれないようにして」
いやもう完全に不審者じゃないか。
この子は一体学園で普段何をやっているんだろうか。
中腰の姿勢が辛くなってきた頃、目的の部屋の窓の下にたどり着いた。
「わ、窓が少し空いてる。今日もいらっしゃるんだあ」
にやけるリアム。
少しずつ顔を出して、部屋の中をのぞいてみる。
いた。
長い艶やかな髪をたっぷりと巻き、横顔のラインが芸術品のように美しい。
少し傾けた首の角度すら知的に見える。まるで体全体から薄っすら光を放っているようにオーラがすごい。
儚くて麗しい、「幻の華」。コッツフェルド公爵家令嬢、セリーヌ様。
そして、対面に座り、彼女の女神のような微笑みを向けられている相手は、ウィルだった。
***
何やら会話をし、セリーヌ様の横にいた護衛から渡された文書を受け取るウィル。
その文書を、二人が同時にのぞき込む。
距離、近くない?
話が終わったようで、笑いながら二人は立ち上がる。
そして、部屋の空いたスペースに移動し、二人は手を取り合う。片方の手をお互いの背中に軽く回した。
すっと姿勢を整えた後、ゆっくりと二人合わせて動き出した。
ダンスだ。踊っているんだ。
しかもこのダンスって、すごく有名な、私達貴族にとって人生の節目に踊る、大事なやつだ。
デビュタントに踊る特別なダンス。
私はまだ踊ってない。
我が国ではデビュタントの出る年齢には幅がある。大体が学園の最高学年から卒業後2,3年の間にはみな参加している。
私はずっと興味がなくて、ギリギリ最後の年でいいかな、と後回しに考えていた。
長身で手足の長いウィルと花のように美しいセリーヌ様は、なめらかにステップを踏んで息もっぴったりだ。お似合いだった。
こんな時でも久しぶりに見るウィルの笑顔に、勝手にときめいてしまう。
そっか、デビュタント、ウィルはこの人と踊るのか。
そう思うと、胸の奥が引き攣れるようにきゅっとした。
だめだ、この壁一枚隔てた先が、すごく遠い。
「リアム、帰ろう」
リアムの袖をひっぱる。なんなら殴り込みだと今朝リアムに勢いよくけしかけたが、心のエネルギーがマイナスだ。見たくない。今は早く帰りたい。
「えー僕もうちょっとセリーヌ様見てたい。ウィルはむかつくから呪いかけ続けるけど」
この子のメンタルがさっぱりわからない。
もういいや一人で帰ろうと思った、その時。
身体に緊張が走る。
誰かがいる。
茂みの反対側の木の上に。
体の中で「カチっ」とスイッチが入る。
(警戒せよ)
一瞬で全神経が集中する。
私たちのように他にセリーヌ様をのぞきに来ている者がいてもおかしくないが。
これは違う。
気配が、尋常じゃなかった。
鍛錬の師匠以上の、別次元のもの。
手慣れた、殺意。
当然、向こうも私が気づいたことに気付いているはずだ。
ヒュッ。
気配なく飛んできたナイフをかろうじて避けると、私とリアムの間の壁に突き刺さった。
「え?え?」腰を抜かしたリアムの口をふさいで指示を出す。
「声を出さずに、建物の中に逃げて。そしてあの護衛に助けを求めて。あなたは安全が確認されるまで皆と一緒に建物の中に隠れていて」
「もごもご・・・でもねえさんは」
「こういう日のために私は鍛錬を積んだ。行きなさい!」




