2: 自称婚約者、あらわる
お父様の決心は本物だった。夜会で婚約者候補という例の二人に引き合わされた。さらに今度私の誕生会にも招待するという。そこで両親の目の間で相手を決めさせられる。いかん、本当にせっぱつまってきた。
私は自室にこもり、音を立てないよう部屋の隅の天井板を外して、天井裏に隠してある出奔用の荷物のチェックをする。
やっぱり本当に出奔しようかな。
そして、もしできるなら、旅をしながら探したいのだ。助けられなかった、私の小さな友人を。
私には、幼い頃の苦い思い出がある。
泣きながら助けを呼ぶ声が、私の中でずっとやまない。あの声がずっと『お前はそれでいいのか?』と問い続けてくるようで、それに追われるように鍛錬にのめり込んでいったところがある。鍛錬でボロボロになれば忘れられるような、少しは許されるような気がしてた。ただの誤魔化しだとはわかってる。でも、それしか方法がなかった。
見つかるわけがない。手がかりがほぼないのだから。ただ、その友人の面影を探しながら似たような子達を助けられたら、自分自身の救いになるかなと思っている。そう、ただの自己満足だ。
私はそっと天板を戻し、ベッドにあおむけになって、誕生会までの日数を数える。
「幸せな結婚を」とリアムに言われて心ゆらいだけど。
「リアム、ごめんね」
にこにこと笑う可愛いリアムと、むすっとしていたウィルの顔を思い出して和んでいると、ついうとうとと眠くなってしまった。
***
またあの夢を見る。
手を必死のばす小さな手。その手を取りたいのに、私は体が固まったまま動かない。
「マリーマリー!」
着古されたおさがりの、ぶかぶかのワンピースを着た幼子が叫んでいる。
大きな瞳。お人形さんのように綺麗な顔をぐしゃぐしゃにしている。
「助けて、マリー!」
それでも私は動けなかった。口を開くこともできない。
(シシィ、ごめんね、ごめんね)
***
「大丈夫ですか?マリー嬢」
ああ、また昼寝しちゃった。
ぼやけていた焦点が徐々に合い始めると、天井と私の間に人の影のようなものが見える。
「うなされていましたよ」
家人ではない男性の声だった。だとしたらウィル?
「ウィル、毎度毎度ひとの昼寝邪魔しないでよ。それに、さすがにレディーの部屋に勝手に入ってくるなん・・・てって・・・誰?」
長めな前髪をやたらくるくるいじりながら、にやにやしている男がいた。
身なりはいい。はて、どこかで見たような。
「誰とは寂しいですな。先日夜会でご挨拶させていただいた、コリン侯爵家のカイルですよ。うふふ」
あいつだ、あの愛人3人いるとかいう侯爵だ。
「コリン侯爵、思い出しました。しかし、なぜ私の部屋にいらっしゃいますの?失礼ではないですか?」
昼寝で乱れた服を整えつつ、距離を取る。
「そんなに警戒なさらないで。マリー嬢との話すすめてもいいとお父様がおっしゃってたので、本日お会いしに来たのですよ。応接室で待つよう侍女に言われましたがね、侍女の後を着けたら早く貴女に会えるかと思いまして。思いが強いと人はせっかちになるものです。恋は罪ですな。うふふ。」
「そうなんですね、おほほ」
うふふおほほ、とか言ってる場合じゃない。非常識だし気持ち悪すぎる。
「貴女の誕生会では、他の候補者の方もきますでしょう、はっきり言ってそんな時間は無駄です。一目で私はわかりました。貴女と私はむすばれるべきだと。はあ、なんてロマンティックな出会いなんだ。はい、運命~」
やっばいの来た、これ。
服の張りから言って、その下にある筋肉はだらしなさそう。隙だらけ。素手で十分やりこめるなと、狙いどころを見積もる。
「婚約者が全然見つからないんだってね?普通の男には手なずけられないような娘、私は嫌いじゃないよ。君のような女は、一度男を知ってしまえば、コロッと変わるのさ」
(こんな男に貞操を狙われるなんて)
相手から目線をそらさずに手を動かして、何かないか探ると、机の上のペーパーナイフが手にあたる。
(刺す?いや、やりすぎると責任問題で後が面倒か。腕をねじり上げれば骨が折れる程度でいけるか)
「ふふふ、大騒ぎしないのはおりこうさんだね。目撃者がいないんだ、君が僕を連れ込んだと私が言えば、世間には通るんだよ。家格は私が上だ。社交界の君の評判の悪さも味方してくれるさ」
顔を近づけながらねっとりとささやく侯爵。
(きも!卑怯者!処す!)
と頭に血が上った、その瞬間。
「何をやっているんだ!」
ドアを蹴破って飛び込んでくるウィル。リアムがその後から慌てて入ってくる。
「侍女が侯爵の姿が見えないと言いに来たから、気になって探したんだ。マリー、大丈夫か!?」ウィルは私たちの間に入って、私を自分の背中に隠す。
「おおっと、二人の逢瀬の邪魔するなんて野暮だな~」
と侯爵は両手を上げてへらへらする。
「逢瀬だと?まさか、本当に…そんな仲になっているのか…?」
おいおい生真面目ウィルよ、冗談でもそんな不快な質問やめてくれ。
「断固違います。寝込みを襲われそうになったんです。不法侵入者を刺すか折るか、どちらにしようかと、一瞬の迷いで攻撃が遅れました、無念です」
「…姉さん、過激すぎて二人ひいちゃってるよ」
リアムがつぶやく。
「と、とにかく、私はマリー嬢と婚約するんだからね、両家公認だ!ここにいるのは正当なのだよ!むしろ君たちが無礼だ、出ていきたまえ!」
我を取り戻し、ヒステリックに叫ぶ侯爵。
ウィルはゆらりと侯爵の前に立ち上がった。
「 ち が う」
「何がだ。部外者は出ていけ!」
ウィルは私をぐっと抱き寄せて、大声でどなった。
「だから違うと言ってるんだよ!出ていくのはお前だ!お前より先に、俺は、マリーと婚約したんだ。俺がマリーの婚約者だ!」
はいいい???
一同頭の中が真っ白になる。
長い沈黙の後に。
「えええーーーそうなのーーーー姉さんいつの間に――――!!」
「マリーそうなのか!?お前はウィルとそんな約束してたのか―――!?」
「きゃあああ、いつの間にお父様までいるの――――!?」
「名門クラウゼン侯爵家のウィルを落としていたのか!マリーでかした!」
「姉さんやる時はやるねーーー」
「ウィル、ありがとう、娘を頼むよ!」
「ばんざーい、ウィル、僕の義兄さんじゃん!助かるぅ」
「おい!話が違うぞ!私はどうなるーーー!」
何が何だかわからない騒ぎに、ただ茫然とするしかなかった。




