1:婚約者をさがせ
私は学園を卒業した年になってもまだ婚約者ができなかった。
家格として悪くないローデリア伯爵家の娘なので、縁談話はそれなりにあったのだが、いざ顔合わせすると、大事に育てられた貴族の坊ちゃま達は怖気図いたのか、後からみなお断りがきてしまう。
確かに私通常の令嬢より少々元気ではあるが。すこしばかり武術の心得があり、ちょっとばかり大会等でも実績をおさめちゃってはいるが。
でも一応貴族の娘なんだからさ、人前で猫をかぶることぐらいはできるのだ。運動神経と強い筋肉があるので、美しい姿勢も優雅なダンスも難なくこなせる。大会で男子を蹴散らかして得た戦歴とか気にせずどんとこいよ、とこちらは広い心でいるのに。「はしたない」事は致命傷らしい。見知らぬ先人たちが築き上げたしょーもない価値観。生きづらい世の中だ。
***
本日も鍛錬終了後、屋敷の裏の丘の上でいつものお昼寝タイム。
「・・・おい、起きろマリー。大丈夫か?うなされてるぞ」
涼やかな声が聞こえてくる。私は汗だくで全く涼やかじゃないが。
「熊の唸り声かと思ったぞ。一体どんな夢みてんだ」
私はうーんと伸びをしながら上半身を起こす。
「なんかすっごい苦しい夢見てた。戦いたいのに戦えない悲しみに打ち震えた気がする」
「もう変に戦わないでくれるなら、そのままずっと震えていればいい」
「おおっと、ウィル今日も嫌味が冴えてるね。てか、なんでこんな所にいるの?生徒会長様は週末もお忙しいんじゃ」
ウィルは学園の最高学年で生徒会長をしている。弟リアムと同い年で、幼馴染の彼は、ちょいちょい我が家に遊びに来る。
「マリーが無事卒業してくれたおかげで、トラブルが減ったから大したことない。余裕だ。」
片頬で笑うウィル。この笑顔が「知的で貴公子過ぎて素敵!」と騒ぐ女の子たちがいる。しかし私は、幼い頃の、へたれウィルを知っているので、「けっ」としか思わない。
「見合い、また上手くいかなかったそうだな」
ジャンタル伯爵との件だ。もう社交界のネタになってるんだろう。
「ほほほ、さすがお耳のお早い事で。お聞きの通りですわ」
「ちゃんとマリーから聞きたいんだ」
うげ、うっとうしい。毎回毎回私の婚約失敗話の詳細を聞きにくるな。
「あの人ね自慢話が長すぎ。相手の時間奪ってるという事を自覚してほしい。黙って聞いてるからと言って別に納得してるわけじゃないしね、『死ぬほどつまらんな』と己の心殺してるだけだからね。挙句に『そうですねとか、さすがですね、とか何か言わんのか。面白くない女だな』と言い出して。こっちはサービス精神で白目向きながら必死で聞いてやったのにって、むかついちゃって。『いやですわー面白くなさでは伯爵がダントツですわ。優勝です』って言ったら怒っちゃって」
「相変わらずだな」
呆れられるかと思ったがウィルは楽しそうに笑っている。ウィルもジャンタル伯爵に同じ事感じてたのね。やっぱり変なのはあちら側なんだと納得する。
「もうね、私は結婚には向いてないんだと思う。この年まで断られ続けて成功例、ゼロよ、ゼロ。さすがに落ち込むって。昼寝でうなされもするって。あーあ。どうせ家はリアムが継ぐんだし。仕方ないから私は傷心一人旅で世界を回るわ。そしてどこぞの国で、困ってる人達を助ける、強くて美しい女騎士になって、名声を上げて、一旗揚げるわ!」
ははは、と笑って冗談っぽく言ってはいるが、実は、私は本気で考えている。実際密かに出奔の準備もしてあるのだ。荷物や変装用衣装は屋根裏にばっちし隠してある。
この年で婚約者がいないのは、もう尋常ではないのだ。という事は、無理にでも嫁ごうとすると、相手は高齢者か再婚者かなんらかの問題抱えている者になってしまう。すっごい嫌だ。いざという時に家出してお父様に諦めてもらおうと、微かな抵抗のつもりだったけど、「いや本気で逃げるのもありなんじゃね?出奔してもこの私なら生きていけるんじゃね?」と謎の可能性を感じ始めたのだ。冒険者とか、女騎士とか。いいねーいいねー。だって私には、筋肉がある!裏切らない最高の友!
などと妄想している私を、ウィルは何か言いたそうに見つめている。
「姉さーーーーん!」
丘の下からリアムの声が聞こえた。リアムがこちらに向かって駆けあがってくる。駆け上がろうとしている。相変わらず足が遅いから、一生懸命走ってもなかなか前に進まない。
「マリー姉さん、見てえ、僕、学園でリスト作って来たよ!姉さんのお婿さん立候補者リスト!」リアムはぜえぜえ息を切らしながら、誇らしげに紙を振りかざしている。
なんじゃそりゃ・・・
「なんだよ、それ?お前最近なんかコソコソしてるなと思えば。生徒会は何も聞いてないぞ。それになんでマリーの縁談話をお前が進めるんだ」
私より先に切り出すウィル。生徒会と関係ないよね。真面目をこじらせすぎだわ。
「ああ、あれが理由ね。お父さまがとうとう『これ以上行き遅れなんて世間体が!』と怒っちゃって、即刻縁談決めるって宣言して。それがね、候補があんまり残ってないのよ。再婚相手探してる20歳上の辺境伯とか、既に愛人3人いる侯爵とか。焦って私、『お待ちください。我が伯爵家のこれからを担う嫡男リアムにも、判断を仰ぎとうございます。良き縁を探す過程も彼の成長につながるかと。リアム、さあ今こそ、あなたの出番です!』と振っちゃったのよねー。だからリアムなりに頑張ってくれたのね。」
リアムはうん、とこっくり頷く。
「それが学園で、『姉と婚約しませんかー』と訪ね歩く行動になるのか?それでいいのかよ・・・」
頭を抱えるウィル。
真面目だなー。ストレス溜まるだろなー。超常識人ウィルは、へっぽこリアムの人脈において貴重な存在。リアムがやがて家を継ぎ、やらかし、家が傾きそうになるだろうから、その来たるべき危機の際、クラウゼン侯爵家嫡男ウィルに助けてもらうおうと、我が家は戦略を固めている。リアムの良き友人として、ウィルにはストレスに負けず長生きしてもらいたいのだが。
「とりあえずリスト見てみましょう」
リストには、「名前」「所属クラス」「コメント(意気込み)」と、あった。コメント欄つけるなんて街角アンケート調査みたいでウケる。やるわね、リアム。
「あら、このトーマスって、2年生の時同じクラスだった人よね。まだ学校にいるんだ。留年したのね」
コメント欄に「来年こそ卒業!追いつくまで待ってろよ、マリー☆」とある。意気込みが卒業への意気込みになっちゃってる。とりあえず元気そうで何より。
「ふふふ、みんな面白がってるだけよ。みて、後半なんて女子が書いちゃってるし」
在学中仲が良かった後輩の名前もあった。かけもちしていた部活の一つ、柔術部の後輩だ。
「アマンダ参上 マリー様の操は私たちが守ります(押忍)だって。あははは」
卒業して数か月なのに、既にみんなが懐かしい。
横でウィルはまだ真剣な顔でリストを見ている。
「そもそも今学園で募ったところで、私より年下しかいないんだし。誰も本気で書いてないわよ」
「いや、年上もいるぞ。教員まで書いてる」
「セバスチャン先生だ。お会いした時はまだ実習生だったのに、とうとう本教師になられたのね。私の補習に進んでつきあってくれる方だったわ。『今はもうもう安定した収入も身分もあります。ぜひご検討よろしくお願いします。』だって。ノリの良さは相変わらずね」
「ありえない、生徒に手を出そうなんて」
「まあ元生徒だから問題ないけどね」
ぐぬぬと歯ぎしりするウィル。
「風紀が乱れる」
うへえ、面倒くさ。
「思ったよりたくさんの人が書いてくれたんだよ。もう卒業しちゃった姉さんの同級生や先輩にも聞いてみるね。この中に、姉さんが幸せになれる人がいるかなあ」にこにことしているリアム。
「まあ家柄から考えると・・・そうね・・・」
「姉さん、そういうのは後にしちゃだめ?まず、姉さんが一緒にいて笑っていられそうな人から、選んでほしいな。姉さんが笑ってないとね、僕は、悲しくなっちゃうんだ。頑張れなくなっちゃう。きっと領民にも優しくなれない。家柄の釣り合わなさをどう辻褄あわせるとかはさ、後で考えてもよくない?そういう時こそさ、伯爵家の金と力を使えばいいんだよ」
まっすぐに見てくるリアムに、ぐっと胸を打たれる。
愚図でのろまで甘ちゃんだけど、心優しい、私の可愛い弟なのだ。
(最後にさらっと言った言葉がひっかかるけど)
「リアム、ありがとう~」
ぎゅっとリアムを抱きしめてふわふわの栗色の髪をなでまわした。
「や、やめてよ、もう、恥ずかしいよーー」と暴れ始める。
「二人とも頭、お花畑だな。俺達貴族の婚姻に、そんな綺麗ごとが通るわけないだろう」
「姉さんのためなら、通るよう、僕頑張る!それに、こういう時、ウィルはいつもみたい助けてくれるでしょ?」
うるうると信じきった眼差しをウィルに向けるリアム。おおっと、家柄として格上のウィルを、無邪気にこき使おうとしている。
ウィルはむすっとした顔でしばらくリストを眺めた後、胸元からペンを取り出し、ざくざくと何かを書き込んだ。
ふんっと突き返されたリストの、余白部分に大きな文字が躍っている。
「ウィリアムズ・フォン・クラウゼン 、 セイントマーティン学園生徒会長 、
コメント:いいから ” 大 人 し く ” していろ 」
こんなふざけたリストにも、ちゃんと生徒会長とか書いちゃうウィルの堅物っぷりに、私は爆笑した。




