11:幼き日の思い出
シシィに出会ったのは、私が10歳の頃。領土の端にある、別荘地に滞在しているときだった。
まだおばあ様がご健在だったころ、別荘地で療養されていて、母と二人でお見舞いに行った。なかなか思ったように体調が戻られないおばあ様が心配で、滞在がのび、半年間過ごすことになった。
24時間病室にいるわけもいかないので、近所をぶらぶら散歩していると、子どもたちにぎやかな声が聞こえてきた。声をたどると、孤児たちを保護している、小さな教会についた。
ローデリア家が長年寄付をしている、縁のある教会だった。
本宅にいる時は、リアムやウィルなどちびっこ相手に遊んでいたが、別荘の屋敷には子どもは私一人だったので、同じくらいの年の子達がめずらしくて、母の許可を得て、時々遊びに行くようになった。
シスターがとても面倒見の良い人だったので、孤児とはいえ、みんな健康ではつらつと育っていた。
遊びに行くようになって2週間ほどたった頃、教会に新しい子がやってきた。それがシシィだった。
それまでちゃんと食事は与えられていたようで、肌つやは悪くないのに、髪は焼かれたように不自然に縮れ、青あざや擦り傷もあちこちあり、とにかく人に対して怯えすぎて、話が全くできない状態だった。
虐待を受けていたのではと思わせるほどの怖がり方だった。
お下がりのワンピースも、全然サイズが合ってなくて、だぼだぼだ。
「シシィちゃん、これ、私の服なんだけど、もういらないから、着てくれない?」
こっそり家から持ち出した服を差し出す。
ぷいっとそっぽを向かれて、逃げられた。
他の子どもたちを交わらず、木や建物の陰にいつもいるシシィが、気になって仕方なかった。
だって、ちゃんとよく見たら、とっても綺麗な瞳をしているのを、私は知ってるから。
他の子達は「暗すぎ。なんもしゃべらなくて気味が悪い」と避けていたけど。
笑ってくれないかな。笑ってくれれば、絶対みんな、あの子が可愛いってわかるのに。
私は、どうしてもほっとけなかった。
少しずつだけど、懐いてくれるようになった。黙ってそばにいると、そっと手をつないできた。
(可愛すぎるーーーー!)
生意気なリアムやウィルと全く違い、私を頼ってくれる素直さにどきどきした。
シシィは私の大事な友達になった。
でもシシィはしゃべらなかった。シスターに聞くと、多分すごく怖い目にあって、そのショックで口がきけなくなったんだろう、落ち着けばまた話せるようになるのでは、と教えてくれた。シシィを預けていったおじさんが、「この子の親は酷いやつなんだ」と言っていたって。
私が、シシィを守ってあげる。そして「マリー」って、シシィの口で呼んでもらおう!と、世間知らずで何もわかっていないお嬢様な私は、のんきに思っていた。
そしてあの日。
シシィがいなくなった。
シシィを預けていったおじさんが来て、また連れて行ったのだと。
シシィは最後まで逃げ回り泣き叫んでいたと。
慌てて二人の後を追った。
一番近い町に行くなら、通るに違いないと思う橋をめがけ、林の中の近道を走った。
泣き声が聞こえてくる。シシィだ。
「シシィを、連れて行っちゃだめ!!」私はおじさんにしがみついた。
私をみつけたシシィは大声で泣いて、さらに暴れた。
「くそっ、なんだよこのガキ・・・!」
私は思いっきり蹴りとばされた。
「なんなんだよ、お前。綺麗な格好してどこぞの貴族か?俺達から奪った金でいい思いしやがって!」
さらに何度も頭を平手打ちされる。
襟首を持たれ、空中に持ち上げられた。お腹も頭も痛い、息もできない。
「いいかよく聞け。こいつの親もな、お前の親のようにお偉いさんなんだよ。でもな、権力失うのが怖くてな、こいつを差し出したんだよ。こいつはな、親に捨てられたんだよ!!」
おじさんの言葉に、シシィはショックを受けたように目を見開いていた。眼玉が落ちちゃうんじゃないかというほど大きく。
おじさんに地面に放り投げられた私は、動けなかった。
痛みだけでなく、私は怖かったのだ。
「マリー―!」
初めて呼んでくれた。
おじさんがシシィの腕を引っ張って橋を渡って行く。
「助けて、マリー!助けて!」
私は、立ち上がれなかった。
(シシィ、ごめんね、ごめんね・・・)
探し回った家人が私を連れて戻った後、大騒ぎだったらしい。医者の手当てをうけ、私は数日間高熱を出して寝込んでしまった。
何があったかいくら聞いても、私は何も答えなかったらしい。
本宅の屋敷に戻っても、しばらく物思いに更けって部屋に閉じこもっていたらしい。
久しぶりに会うリアムやウィルには「もう貴方たちと遊べない。やらなきゃいけないことあるから」と言って、以前と違う私に驚かれた、らしい。
らしい、というのは、あまり覚えてないからだ。
衝撃と痛みが大きすぎて、あの時の私は、抱える事を諦めたのかもしれない。
それらを記憶の深い所へ沈めて、何かがふさがるのを、じっと待っていた気がする。




