アメリカに短期留学行くことになったんよ
冬休みに入った。世間の高校生達がしばしの開放感を感じる時期である。
私立せとうち青雲高校に通う高校2年生、波方愛は年末のテレビ特番を見ながら、のんびりとコタツでみかんをむいていた。コタツ布団の上で丸くなっている赤毛の猫は、滅多に家に寄り付かない半分野良猫のゴエモンである。
(今年は、本当にいろいろなことがあったなあ。だけど、しばらくはゴロゴロできそうだ。早くお餅食べたいなあ。ふふふ。巫女さんのバイトを入れようかなあ、どうしようかなあ……。バイト代入ったら新しい服買おうかな)
などと考えながら、みかんの房から白い筋を丁寧に取っていると、スマホが鳴った。学校の電話番号であった。
「はい、波方です」
「波方さん? 担任の北条です」
「お世話になっております!」
愛はハンズフリーにしたスマホをコタツの上に置き、みかんの筋取りを再開した。
「あのね、1月1日から波方さんはアメリカに短期留学行くことになったんよ」
筋をつまんだまま指先が固まった。
「もしもし、波方さん? 聞こえてますか?」
「――えっと、すいません。ちょっと何言ってるのか分からないです」
「びっくりするよね」
「…あの…その…これって絶対行かなきゃ、いけないんでしょうか?」
最後のほうは声が小さくなっていた。
「ここだけの話、日本政府からのお願いなんだって。波方さんが渋るようやったら、高井総理大臣が直接電話するって」
「……」
愛のバラ色の正月が消えた。ごろ寝やお餅が、消えた。
「もしもし、波方さん?」
「…えぐっ…えぐっ」
「そんなに嬉しいの?」
「…えぐっ…えぐっ」
「そうかそうかあ。三者面談でも、短期留学に興味あるって言うとったねえ、うん…」
そういえばそんなことを言った気もする。突然泣き出した愛を赤毛の猫が不思議そうに見つめた。
このようにして、愛は突如、短期留学プログラムに参加することになったのである。費用は全て日本政府が負担、場所はアメリカ西海岸のロサンゼルスであるという。愛だけではなく、親友の紗良、ダンス部の仲間である花梨、志津香に加えて、通信制コースの明奈、飛鳥、瑞鶴も一緒だという。担任に理由を聞いても、はっきりしない。理由は現地で説明されるのだという。
特別扱いでパスポートを特急作成してもらい、年末に慌ただしく準備を進め、あっというまに正月1日となった。
元旦の朝、愛達7人の姿は今治桟橋にある「みなと交流センター(愛称はーばりー)」にあった。今治銀座アーケードを抜けた先にある今治桟橋は、JR今治駅とならぶ今治の玄関口である。
集まった7人娘達の顔つきは、正月返上にもかかわらず、皆明るかった。
「あけましておめでとう!」
「おめでとう〜!」
「タダで海外行けるなんて夢見たいやね」
「今治銀座に貼ってある『世界一周の船旅』のポスター見て、海外ええなあってずっと思っとった!」
7人娘ははーばりーを出発する高速バスに乗って関西国際空港に到着すると、ロサンゼルス行の直行便フライトへと搭乗した。7人全員仲は良いのだが、愛は紗良の隣に座りたいし、志津香は愛の隣に座りたいし、飛鳥は志津香の隣に座りたい。出発前、多少揉めた。
無事に関空を出発したものの、愛は繊細なところがある。初めての飛行機のなかではよく眠れなかった。右隣を見ると、紗良がぐっすりと眠っており、左隣をみると志津香がお淑やかに眠っていた。騒音の中で熟睡できる友人達が羨ましかった。
真夜中の時間になると、なぜかカチンコチンに凍ったアイスクリームが配られた。アイスクリーム大好きな愛ではあるが、流石に食指は動かなかった。紗良は一瞬起きて、アイスを食べ、またすぐに眠った。
ロサンゼルス国際空港に着いたら着いたで、予期せぬトラブルがあった。パスポートコントロールが日本からきた美少女の団体を怪しみ、別室に連れて行かれたのだ。
「私達、どうなっちゃうの……」
「ねえ、スマホ触っていいのかな」
「だめっぽくない?」
「ウチら、なんか悪いことしたっけ?」
「あ〜なんかしたかも知れん…」
オロオロとしてしまった愛達であったが、志津香が念話で助けを求めると、すぐに淡い色のブラウスに黒いスラックスの出で立ちの女性が現れて、愛に抱きついた。
「愛〜、元気そうで嬉しいわ! 愛達の大活躍、アメリカでも話題になってるわよ!」
「え、キャリーさん? キャリーさんも本当の人だったの?」
愛がエルデリアに転移したときにお世話になった冒険者ギルドの超有能な受付嬢、キャリーだった。
「ええ、黙ってたこと、御免なさいね。たまにエルデリアで新人のトレーニングを担当するけど、普段はアメリカで勤務しているのよ。みなさんも日本から来てくれてありがとう。紗良も花梨も元気そうで何よりだわ」
キャリーが一言二言、空港職員達に話をすると7人はすぐに開放された。7人は到着ロビーでキャリーと合流すると、いかつい米国人男性、ダゲット氏の運転する黒くて大きな車に乗り、ロス郊外にある留学受け入れ先のハイスクールへのある地域へと向かった。
ちなみに、ダゲット氏の説明によると、この車はシボレー・タホという要人警護に使われるSUVであるとのことであった。
「せとうち青雲高校の短期留学プログラムということで来てもらったから、今からウェルカムミーティングやオリエンテーションがあるけど、明日の午後は、さっそくダウンタウンにいってもらうわ」
運転席の隣に座ったキャリーが説明を続けた。
「今、ダウンタウンで突然、魔物化する人が増えているの。原因はどうやら日本から輸入された瘴気水のようなの」
キャリーによると、野間が大量に製造した瘴気水の一部がコンテナ船で横浜港からロサンゼルス港に流れつき、書類に何の不備も無かったので税関を通り、現地の飲料水メーカーの工場でエナジードリンクの製造に使用され、現地のサプライチェーンを流通し、それを飲んだ若者やビジネスパーソンの一部で魔物が発生した、ということらしい。
日本原産品がアメリカ国内で食品公害を引き起こしているのである。日本政府が対応を誤れば、国際問題に発展しかねない事案であった。
アメリカ政府の非常に強い要請を受けた日本政府は、極めて迅速に、誰にも知られることなく、高校の短期留学プログラムという極めて無難な形で愛達7人をロサンゼルスに送り込んだ、というわけであった。
エルデリアの有能な冒険者ギルドの受付嬢キャリーについては、本作品の前日譚「愛ちゃんの異世界奮闘記」もぜひご一読ください。
愛ちゃんの異世界奮闘記
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