1945年 今治市(2)
あいは暗闇の中で目覚めた。
身体の感覚がない。体を動かそうとしても動かない。
意識が次第に明瞭になった。つい先程まであいは妹とともに空襲下の今治にいて、炎から逃れて浅川に入ったはずだった。妹を近所に住む女性に手渡したところまでは鮮明に覚えている。だが、その後の記憶がない。
「……ここ、どこ? お母ちゃん?」
辛うじて喋ることはできた。自分の声がかすれているのが分かる。どこからともなく低い男の声が聞こえた。
「気がついたかね?」
「お父ちゃん!」
「……」
声の主が言葉を失った。声の主を確かめようにも体が動かないし目も見えない。
「……お父ちゃん?」
「私は加藤という者だ。体に痛みはないかね。お前は体のあちこちを火傷して、骨折しているのだよ」
あいは体の感覚を探るが、何も感じ取ることが出来なかった。
「何も感じません。ふわふわとしています」
「そうか。麻酔が効いているのだろう」
しばらく沈黙があった。
「名前は?」
「波方あいです」
「何があったか、覚えているかな?」
「空襲です。炎から逃れて浅川に入りました」
少し考えてから、続ける。
「ここは病院ですか?」
加藤はゆっくりと頷いたようだった。
「そうだね。病院だと考えれば良いだろう」
「加藤先生はお医者様ですか?」
「いや、私は医者ではない」
声が笑った。
「私のことは加藤中佐と呼び給え」
「はい。加藤中佐」
加藤が続けた。
「さて、時間もない。本題に入ろう。先日の夜、今治市に大規模な空襲があった」
「はい」
「残念ながら今の我々にはこれを阻止する力はない」
「……」
「市民の犠牲も大きかった。お前もそのなかのひとりだ」
「私はまだ生きています」
再び沈黙があった。今度は長い、重い沈黙だった。
「……そうだ。まだ生きている。だが、お前はいま、生と死の間にいる」
あいの声が小さくなった。
「……あの、私は死ぬんですか?」
「今のままであれば、遠からず死ぬ」
加藤が事実を淡々と告げた。あいは何も喋らなかった。加藤はその沈黙をあいが現実を受け入れたものと解釈したようだ。
「だが、お前には、もう一つの道がある」
「……」
「私は兵隊を集めているのだよ」
「兵隊さんですか?」
「そうだ」
声は力強く告げた。
「お前が兵隊になることを決めれば、これから先、辛い人生が待っているが、お前は生き続けることができる。兵隊にならないのなら、このままあの世へ行くことになる。だが、苦しまないで楽に死ぬことができる。お前はいま、どちらかを選ばなくてはならない」
あいの声がさらに小さくなった。
「……私は女だから、兵隊さんになれません」
「私が集めている兵隊は、賢くて勇敢であれば、男でも女でもなれる。戦闘行為を行うために、人間による承認が必要なのだ。今のお前にいってもわからないだろうが、重要な判断を機械知性に委ねてはならないという法律があるのだよ」
加藤の言っている言葉の意味が良く分からない。あいの脳裏を父親の面影がよぎった。
「父と相談したいです」
「賢明な判断だ。だが、それはできない。時間がない、ということもあるが……、これはお前の人生なのだ。お前の人生は、お前だけが決めることができるのだ」
加藤が印象づけるように、少し間を開けた。
「まだ幼いお前には難しい判断だということは良く分かっている。だが、それでも、お前は決めなければならない。生きて戦うか、平穏のなかで死を迎えるか」
暗闇の中、あいの声が先程より強くなっていた。
「兵隊になります。まだ、死にたくありません」
自分の人生を自分が決めるという加藤の言葉が、あいの心に重みをもって残っていた。だが、意外なことに、加藤はすぐには答えなかった。代わりに、ゆっくりと父親が娘を諭すように言った。
「兵隊になれば、戦場へ行くことになるのだよ。当然、命を落とすことだってある。いま助かっても、結局あとで死んでしまうかも知れない。お前はそれでも良いのかね?」
あいは力強くきっぱりと言った。
「兵隊になるんだから、当たり前です。私は少しでも長く、生きていたいです」
「……そうか」
あいには分からなかったが、加藤の短い答えには同情とともに罪の意識があった。だが、次に加藤が口を開いたときには、その声は上官が下士官に命令を下す厳しさをともなっていた。
「ならば契約は成立だ! 波方候補生の銀河連合傭兵協会への入隊を歓迎する! 契約解除時の解約金など、詳細は後ほど説明する。今は、休め」
その言葉のあと、あいの意識は再び遠くなっていった。
作中に登場する傭兵協会という組織は、戦争や天災などで亡くなった方々が、実は秘かに宇宙人に救われ、彼らとなんらかの取引や契約をして、宇宙のどこかで今も生きているのではないか、という想いから生まれました。
次回は再び、現代の波方愛ちゃんのお話に戻り、3学期編に突入します。




