サバトの夜(3)
大手町プレイスウェストタワーの直上でUH−2が轟音をたててホバリングしていた。今日の東京上空200mはほぼ無風、ヘリの着地には何の支障もなかった。それでも大切な乗客が怪我などしないよう、操縦士はUH−2をゆっくりと降下させ、衝撃を抑えながら静かに屋上ヘリポートへと着地させた。
陸自士官がキャビンのドアをスライドさせて素早く降り立ち、周囲に危険がないことを確認すると、メインローターが完全に停止するのも待たず、陸自士官の手を借りて愛が髪を押さえながらヘリポートに降り立ち、続けて6人の少女達が次々にヘリから降り立った。
同じタイミングで、制服を着た自衛隊員たちがヘリポートに上がってきてスピーカーや照明などの機材の設営を始めた。撮影も行うらしく、カメラクルーも同行していた。
志津香がヘリから降りる時、ヘリポートを一段下がった屋上に近くの陸自駐屯地から派遣されてきたと思しき40名ほどの隊員たちが周囲の警戒にあたっているのが見えた。彼らの多くは小銃を携行していた。ものものしい雰囲気に呑まれそうだったが、自分達はいつも通りに、自分たちのやり方でやるまでだった。気合を入れるように、志津香が皆に聞こえるように念話で声をかけた。
(瑞鶴ちゃん、音楽お願いします!)
(うん、任せて)
瑞鶴が短く念話で答えた。瑞鶴の体内にはRF送信機、RF受信機の両方が構築されていたため、志津香の説明を聞いてすぐに簡単な念話を使えるようになっていた。瑞鶴が機材を設置している自衛隊員に向かって駆け出して、自衛隊員と何事かを話したあと、両腕で大きく丸を作った瑞鶴から念話が飛んできた。
(志津香さん! 音楽、オッケー!)
大型スピーカーはBluetoothで接続できるので、瑞鶴のRF送信機で操作できるという。大型スピーカーと照明は自衛隊員の手によって手際よく据え付けられ電源へと接続された。照明が点灯するとヘリポートの一角が即席のステージに変わった。
(音楽、何かける?)
チーム全員に向け瑞鶴が念話で訊いてきた。体を動かしてウォームアップしていた紗良が愛に振り向いた。
「曲、なにから始めよう?」
「そうだね……。『ディッセンバー』で体をほぐし始めようか?」
少し大きな声で愛が瑞鶴に返した。
「瑞鶴ちゃん、『ディッセンバー』ってある?」
「……大丈夫!」
と瑞鶴が応じた。すぐに4基の大型スピーカーから特徴的なイントロが流れてきた。愛が皆に声をかけた。
「じゃあ、最初は私と紗良、志津香、花梨の4人で行くよ。Aメロのステップはサイドステップでいくよ。BメロのところはAメロと同じで。まだ手の動きは無し。あとで別で練習するから。明奈、飛鳥、瑞鶴は最初は良く見てて!」
だが、蓋を開けてみれば、明奈達3人の上達は異様に早かった。ステップは一度見ただけで憶え、音楽に合わせて問題なく体を動かすことができた。振り付けについても、基本であるアイソレーションは言うまでもなく、志津香の心配するところでもあった手の動きについても、数10分の悪戦苦闘の末に身につけることができた。
時刻は既に夜の11時前であった。瑞鶴によると、ついさっき内閣総理大臣から治安出動が発令されたという。先程まで周囲を警戒していた小隊の大部分も出動していった。魔物と自衛隊員の双方に死傷者がでるのは時間の問題であった。
ヘリポートから見える景色は、魔物が跋扈しているとは思えないほど、透明で綺麗な東京の夜景だった。まだ電力網は寸断されていないが、そちらも時間の問題かも知れない。
「じゃあ、通していくよ!」
愛が声をかけて、皆が最初の立ち位置についた。
「瑞鶴ちゃん、音楽、お願い!」
(うん)
ヘリポートの一角に作られた即席のステージで7人はイントロに合わせて上半身のバウンスを始める。前4列、後3列のフォーメーションだ。志津香の念話が届いた。
(最初の8カウントはリズム合わせだよ。みんな、リラックス!! 5、6、7、8!)
志津香の波動は既にグルーブだ。
Aメロに合わせてクラブステップを踏み始める。途中で上半身の動きも加えたハッピーフィートにスイッチ。今日のステージのオーディエンスは付き添いの陸自士官、ヘリの搭乗員達、自衛隊の広報部隊、警護に残った分隊だ。彼らには愛達7人の気分の高まりが魔法の発動の鍵であると事前に伝えてあった。
それなのに!と志津香は嘆息する。手拍子がまばらだ。ノリが死んでしまっている。志津香の脳波モニターによる7人のブレインシンクロ度は0.55だ。志津香から叫びのような波動とともに念話が飛んだ。
(低い! 低すぎるよ! 瑞鶴ちゃん、自衛隊の人たちのノリが悪すぎる!)
(そうなの?)
(自衛官の人達をやる気にさせないと!)
(自衛隊の人たち向けに、生成AIに作文させる……。できた!)
(私の念話、スピーカーにつなげて!)
(うん)
4基のスピーカーから志津香の訓示がヘリポートに響いた。
「自衛隊の皆さん! 今、我が国かいびゃく以来の未曾有の有事が進行しています!
諸官が日々積み重ねてきた不断の訓練はっ!!
今日、この日のためにあるのですっ!
東京都民1400万人の生命と財産が!
我々の愛する歴史と伝統の国、日本国の未来が!
諸官のノリに掛かっているのです!
一層の奮励努力をお願いします!
はい、手拍子!!」
もとより愛国心にあつい自衛隊員達である。女子高生に檄を飛ばされ手拍子に熱が入った。若い隊員からはヒューヒューという声も聞こえ始めた。
このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。
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