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サバトの夜(2)

 クリスマスを明日に控えいつにも増して浮き立つようで賑やかな渋谷の街。そんな陽気な街の片隅のコンビニで、男性客が店員に怒鳴り散らしていた。


「おい、弁当あっためろよ? ……はあ? もう訊いただぁ? 俺がイヤホンしてたから分からなかったんだろう、だと?」


 バンッ!


 男性客がレジカウンターを叩きつけた。


「馬鹿野郎。お前常識持てよ。俺が返事するまでちゃんと訊けってーの。俺だって暇じゃないんだ。お前じゃ話にならん。おい、店長よべよ、店長」 


 悲しいかな、今や我が国ではこのようなハラスメントが横行し、忍耐を美徳とする一般市民は我慢を強いられるというのが現実である。しかし、今夜は違った。


 めきめきめきっ


 コンビニ店員の口が耳まで裂け、見る間に筋肉が膨れ上がり、内側から布地を切り裂いていた。コンビニ店員の太い腕は弁当を掴むと、恐怖で凍りついた男性客の顔ごと殴りつけた。


 同じ頃、日本橋のオフィスでは女性社員が他の課員の面前で上司の叱責を受けていた。


百地(ももち)、お前、この案件、なんで俺に事前相談しなかったんだ! 顧客から苦情がきてるぞ!」

「先週、課長はこの件は自分で考えて動けと仰ったじゃないですか?」

「それに……、こっちの顧客はうちの部署の最重要顧客だ!こんなに長い間放置していいわけないだろうが!」

「朝のショート会議で新規顧客の開拓が最優先だった仰ってたじゃないですか!」

「世の中にはバランスってもんがあるんだよ! お前営業の成績はいいかも知れないが、常識ってもんがねえんだよ。」

「……」

「営業はなあ、新規の数稼ぎゃいいってもんじゃないんだよ!」

「……」

「お~い、百地さ~ん、今度はだんまりですかぁ?」

「……」

「お前はそんなんだから同期に先越されるんだよ」

「……ぁぁ」

「ああ? なんだ! はっきりいってみろよ!」

「ああああああああ」


 めきょっ


 音を立てて女性社員の背中が歪に曲がった。


 めりぃめりぃめりぃ


 前髪をかき分けて角が伸び出した。


「はがああああ、ぐぎいいいい」


 女性社員は首を不自然に倒し、髪をかき乱しながら獣のような声を上げた。眼球がせり出し、鼻が突き出て、犬歯が伸びて口からはみ出してゆく。優しい顔つきだった女性社員の顔つきが一変していた。


「ひいっ、お前、どうなってゲボ」


 女性社員の張り手が上司の顔面に炸裂し、上司は左後方に吹き飛んだ。鬼女と化した女性社員は重いスチール製のデスクを軽々と持ち上げオフィスの反対側に投げ飛ばした。


「はははっ、はーはっはっはっは」


 阿鼻叫喚の地獄と化したオフィスには積年の恨みを晴らし歓喜の声を上げている鬼女が、机に次々に飛び移っては暴力の対象を探していた。


 こうして、東京都内の至る所で、あらゆる社会活動の現場において、プレッシャーに耐え社会を支え屋台骨となっていた人々が発狂し魔物と化す狂乱の夜が始まった。


 モンスターカスタマーの多い飲食業や小売業界、ストレスの多い医療介護現場やIT業界でも数多くの魔物が発生し、警視庁の本部指令センターには魔物発生の通報が殺到したため、夕方6時を過ぎる頃には110番が繋がらなくなった。JRや私鉄の駅構内や運行中の列車内でも魔物が発生し、高速道路を走行中のドライバーも数多く魔物化したため、東京近郊の公共交通機関は7時を過ぎる頃には全線が麻痺し、寸断してしまっていた。



*****



 午後10時前、神奈川県秦野市上空を陸上自衛隊に所属する多用途ヘリコプターUHー2が時速230kmで都心に向かって飛行していた。UHー2は双発エンジンを搭載しており、安全性が大きく向上しているのが特徴だ。航続距離は約660kmであり、今治から東京までなら無給油で飛行可能だ。


 UHー2のキャビンには愛、紗良、志津香、花梨、明奈、飛鳥、瑞鶴みつるの7名と、付き添いの若い陸自士官1名が搭乗していた。


 少女達は冬用ジャージの上からダウンジャケットやコートを羽織り、飛行中の安全のためヘッドセット付きのヘルメットを被っていた。飛行中のヘリのキャビン内では騒音のせいで肉声での会話が難しい。ヘッドセットを通して会話する必要があったのだ。


「私、ヒップホップダンスはちゃんと習ったことないから、心配」


 ヘッドセットを通して瑞鶴の告白が聞こえた。明奈と飛鳥が大げさに頷いた。ヘルメットを被って頷こうとするとどうしても大げさな動きになってしまうのだ。


「大丈夫。基本的なステップしか使わないから。っていうか、私達も初心者みたいなもんだから、五十歩百歩だよ」


 愛が請け合った。志津香が相槌を打つ。


「大会と違って時間制限もないから大丈夫だよ。みんなで練習するんだって思えばいいの。実際のダンスがシンクロしなくても、ブレインシンクロできるし。大規模浄化前にダンスをして盛り上げるのは……、いってみれば、儀式とか? あ、外出前に一通りメークするのに似てるかも!」

「私、お化粧なんて、したことないよ」


 自信なさ気な瑞鶴に花梨が声をかけた。


「別に難しいものじゃないわ。これ終わったら、教えてあげる」

「え、ほんとう?」


 そこからはお化粧についてあれやこれやとお喋りに花が咲いたが、しばらくすると陸自士官がヘッドセットで7人娘に声をかけた。


「皆さん、もうすぐ目的地に到着します。シートベルトが閉まっているか、確認して下さい」


 5分後、UH−2は目的地である大手町プレイスウェストタワー屋上へとアプローチしていた。

このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。

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