閑話:友情の在り方
先行者の死後、暇を見つけては、志津香は先行者が読んでいた本を読むようになっていた。先行者の心の軌跡をたどるうちに、志津香は友情について思いを巡らすようになり、先行者に恥ずかしくない生き方をしようと心に決めた。
*****
(ねえ、飛鳥ちゃん、時間あるかな? 私、いま海を見てるんだけど、お話しない?)
飛鳥は志津香からの念話を受け取ると、すぐにシェアハウスを出た。今治銀座を海に向かってしばらく歩くと、アーケードが途切れ、今治の海は目と鼻の先だった。
11月が近づいた夕暮れ時の今治桟橋は、人影もまばらだった。飛鳥はすぐに一人で海を見つめる志津香の背中を見つけた。
「お姉様!」
「飛鳥ちゃん!」
飛鳥の声に、志津香が振り向いて、かすかに微笑んだ。
飛鳥は志津香の前まで来ると、ピタリと止まり、目を閉じて直立した。いつものように、志津香が飛鳥を抱きしめて、飛鳥を吸うのを待っているのである。
だが、いくら待っても、飛鳥は抱きしめられられることはなかった。飛鳥がゆっくり片目を開けると、困ったような表情の志津香と目が合った。
「ねえ、飛鳥さん、横に来て。いっしょに海を見ようよ?」
「うん!」
桟橋から見渡す燧灘は穏やかで、こんな時間がいつまでも続けばいいのに、と人に思わせるような、そんな優しい海の表情だった。
二人は海辺に肩を並べ、海を見つめていた。しばらくの沈黙のあと、志津香が飛鳥に告げた。
「飛鳥さん……、今、魔眼を解除するね」
飛鳥の体の中心から、何かがすうっと引いてゆくような感覚があった。体から火照りのようなものが過ぎ去り、飛鳥の思考が次第に明晰になっていった。
飛鳥が志津香を見ると、志津香はうなだれて、飛鳥と目を合わせようとしなかった。
「飛鳥さん、ごめんなさい。私は魔眼の力を用いて、あなたの感情を操っていました。本当にごめんなさい。私のしたことは許されることではないことは、分かっています。飛鳥さんが私とはもう話をしたくないのであれば、そうします。私を見たくないのであれば、そうします」
飛鳥の心に怒りや憤りの気持ちはなかった。ただ不思議に思ったことが1つだけあった。
「どうして、魔眼を解除したの?」
志津香は俯いたままで、か細い声で答えた。
「飛鳥さんに……、私の飛鳥さんへの気持ちに、誠実でありたいって思ったの。自分勝手だよね……。自分勝手な理由で飛鳥さんに魔眼をかけて、自分勝手な理由で解除して。でも、友達に魔眼をかけるのは間違ってる……だから……」
もともとお喋りな飛鳥ではない。飛鳥は志津香にかける言葉を見つけられないまま、ただ黙って、うなだれる志津香を見つめていた。
「ごめんなさい。私、もう行くね。もう、飛鳥さんに迷惑、かけないようにするね」
去りかけた志津香の寂しげな背中を見た時、飛鳥の体が自然に動いていた。気がつくと、飛鳥は志津香を抱きしめていた。
「……私は、私はどういったら良いのか、分からないよ。どういったら、志津香さんを止められるの? 私は、まだ、お礼もちゃんと言えてないんだよ」
二人はどれだけそうしていただろうか。街灯に火が灯った。
「あの時ね、妖怪に体を奪われかけた時、消えてしまいたいって思った時、志津香さんの心を感じたんだよ。すごく暖かくて、あの時、私は救われたんだよ。ずっと灰色だった私の人生を、明るくて温かい世界にしてくれたのは志津香さんなんだよ! 私の気持ちも聞かないで、私の人生からいなくなろうとしないで!」
飛鳥が志津香を抱きしめる両腕に力を込めた。
「私は志津香さんが好き。だから迷惑かけないなんて、悲しいこと、言わないでよ! 私を吸いたくなったらいつでも呼んでいいから! もういっかい魔眼をかけたっていいから! だから、これからも一緒にいて!」
志津香の体を抱きしめる飛鳥の手に、志津香の柔らかな手が重なった。
「……私、飛鳥ちゃんの友達でいてもいいの?」
「うん。これからもずっと友達でいて」
思えば、不思議な縁だった。ゴブリンを追って飛鳥は志津香とこの桟橋で出会い、対立し、後に救われて、かけがえのない友人と思うようになった。飛鳥は、志津香もまた、自分のことを大事な友人として見てくれているのが、なによりも嬉しかった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。
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