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伊予銀襲撃

 ゴブリンの先行者は意識を浸食され始めていた。今治銀座に強力な魔物が発生したのだ。先行者が自我を失うのは、もはや時間の問題だった。


 時を同じくして、今治銀座にある噂が広がっていた。宅間の家に妖怪がいるのだという。阿方の家の娘が妖怪と親しくしているのだという。ゴブリンの先行者は、自らがテイムした人間であり、今治銀座における拠点の家主でもある宅間氏からその噂を知り、幕の引き際が近づいていることを悟った。

 


*****



<シズカ?>

<なに? 本読み終わったの?>

<そうではない。時が来たのだ>

<……どういう意味?>

<明日、伊予銀を襲撃する。シズカも仲間に入れ>

<……無理よ。私は人間だよ>

<そうか。では、明日は敵同士だ>

<………>

<良い戦いを期待しているぞ>


*****



 昼下がりの平和な今治市内。


 金星川から続くカルバート(上部をコンクリートで覆われた用水路)の下を、9匹の妖怪が誰に見咎められることもなく移動していた。妖怪は八百八狸であった。八百八狸たちはカルバートが終わる辺りで地上にでると、すぐさま今治警察署を襲撃した。


 警察署になだれ込んできた八百八狸たちの手には、太鼓のバチのような棒切れが握られていた。八百八狸を取り押さえようとした警官の脇腹へと素早くバチが叩き込まれた。


「ああっ!」


 警官の体が痙攣しながら床へ倒れ込んだ。八百八狸たちは両手に持った棒切れで警官とその場に居合わせた一般市民を次々に打ち据えていった。八百八狸の棒には人を麻痺させる効果があり、強い力で打たれたわけではないにもかかわらず、打たれた人々は皆一様に床に倒れ伏した。


 2匹の八百八狸が、床に倒れた警官の側にかがみ込んだ。


「ギャ、ギャ?」

「ギャ」


 八百八狸たちは拳銃と制服を繋ぐ紐をぐいぐい引っ張ったり、噛み付いたりしていた。警官から拳銃を奪い取ろうとしているのだった。そのうち何かの弾みで引き金が引かれ、一発の銃声が署内に轟いた。


 呆然と固まる八百八狸の脳天に白銀剣が振り下ろされた。崩れ落ちる妖怪の背後には明奈、飛鳥、瑞鶴(みつる)が立っていた。


 たまたま免許更新に来ていた今治銀座商店街の住人の通報により、3人の女子高生達が駆けつけていなければ、今治警察署は八百八狸に制圧されていたかも知れず、八百八狸たちが銃火器を手に入れるという、もっと恐ろしいことが起こっていたかも知れなかった。



*****



 今治警察署が混乱のさなかにあるなか、9匹の八百八狸とゴブリンの先行者がドンドビ交差点近くの柳橋の下から地上に出ると、驚き固まる人々を尻目に、伊予銀行を急襲した。白昼堂々、大胆な犯行であった。


 八百八狸は統率の取れた動きでロビーとカウンターをやすやすと制圧すると、先行者ゴブリンが支店長席の男性に現金を出すように要求した。八百八狸は支店長が金庫から取り出した札束を、持参してきた鞄に手際よく詰め込んだ。


 首尾よく白昼の犯行を終え、路上へと飛び出した八百八狸と先行者ゴブリンであったが、彼らの目の前には、黒い日傘を差した少女が背中を向けて立っていた。志津香だった。


 八百八狸の1匹がバチを振り上げて志津香に襲いかかった。志津香は、むしろ緩慢な動きで振り返り、ゆっくりと傘を閉じ、前に突き出すと、八百八狸はまるで自分から飛び込むように傘に突き刺さり、道路に倒れた。


 日傘が擬態を解き、白銀に輝くマジシャンズステッキが姿を現した。志津香はマジシャンズステッキの先端に光剣を生成させると、次々に襲いかかる八百八狸達の間をぬって、踊るような足取りで身をかわし、斬り伏せていった。


 志津香が現金の入った鞄をもった八百八狸を斬り伏せようとした時、先行者ゴブリンがその前に立ちはだかった。八百八狸は鞄を持って金星川へと逃げていった。


 先行者ゴブリンが棍棒を振り上げて志津香に襲いかかるが、志津香は造作もなくマジシャンズステッキで払い退け、光剣の切っ先を先行者ゴブリンの胸に突きつけた。


 光剣の切っ先は震えていた。


「志津香、はやく刺せ」

「……」

「人が見ているぞ」

「……できるわけ、ないじゃない!」

「では、志津香の気持ちを楽にしてやろう」


 先行者はそういうと、突きつけられた光剣の切っ先を自らの胸に刺し、アスファルトに倒れ、輪郭を失い、消えていった。


「志津香さ〜ん、大丈夫ですか〜」


 呆然と立ち尽くす志津香のもとに、明奈達が駆けつけてきた。

 

「いやあ、伊予銀が魔物に襲撃されたって警察署で聞いて、爆速で戻って来たんすよ。大丈夫でしたか?」

「……うん」

「でも流石っすねえ。志津香さんにかかれば、八百八狸もゴブリンも瞬殺ですなあ」

「……そうだね」



*****



 翌日から噂は消えた。大勢の人々が、志津香がゴブリンを直接退治したのを目の当たりにしていたからだ。


 数日後の夜、志津香の姿は桟橋可動橋の赤いゲートの上にあった。志津香の手には宅間氏から届けられた先行者ゴブリンの書いた志津香宛の手紙があった。志津香は月明かりのもとで手紙を読んだ。


「志津香へ、


 この手紙を君が読む頃には、私は消滅して、もとの瘴気に還元し、姿かたちを失っていることだろう。


 人間には魂があるという。私のような実体のない魔物に魂があるのかどうか、いろいろと本を読んだり、ネットで調べたりしたが、何も分からなかった。


 だが、私は、消滅を前にして、確信を得るに至った。


 死は全ての終わりではない。死は単なる未知だ。

 

 志津香よ、私は新しい冒険に旅立ったのだ。


 君が悲しんだり、気に病む必要はないのだ。


 君は波方愛や友人達と楽しく生きると良い。


 それが私の最後の願いだ。


 ありがとう。さようなら。


 君の友人より」


 ぽたり、と手紙に雫が落ちた。


「死にたくないって、言ってたじゃない……。なのに……」


 月を除いて、志津香の嗚咽を聞いたものはいなかった。



*****



追伸 八百八狸達の背後には隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)と呼ばれる上位個体がいる。隠神刑部は非常に狡猾だ。いづれ君たちは隠神刑部と対決することになるだろう。彼の持つ魔法の杖に気を付けろ。

このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。

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2学期の終わりに向けて、作者は頑張ります。

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