閑話:瘴気水
「オーライ! オーライ! オッケーイ!」
体育館横の、普段は柵で覆われた場所に給水車が駐車した。運転手が車止めでタイヤを固定すると、すぐに作業員が給水車に取り付き、上部のハッチを開け、撹拌翼を慎重にタンクに沈めた。すべて手順通りに進行しているかどうか、野間は細かく確認していた。
「撹拌始めて!」
「はい、撹拌始めます」
作業者が撹拌機の元電源を入れ、ついでスイッチを入れると、撹拌翼は給水車のタンクの中で勢いよく回りだした。
明奈、飛鳥、瑞鶴の担任である野間は財団の瘴気水プロジェクトのプロジェクトリーダーでもあった。体育館横のゲートが復活してからの1ヶ月間は彼女にとって本当に忙しい日々であった。
瘴気水には生物の知力、体力、集中力を増進させる顕著な効果があった。マウスを使った実験でこのことが明らかになると、すぐに瘴気水を使用したビジネスの話が立ち上がった。日本奨学金財団は、その名前とはうらはらに、慈善団体とは程遠い、かなり生臭い組織であった。
瘴気水の人体への影響はかねてから確認を進めていた。
化学分析の結果はきわめて普通の水であり、全く問題はないのだが、念のために大学生を薬剤ボランティアとして確認を行っていた。被験者の学力はこの1ヶ月で大幅に上昇し、なおかつ、特段の副作用は見られていない。他にもボランティアを希望している学生が大勢おり、サンプルの作成が間に合わない状況だ。
「この1ヶ月間、睡眠時間が全然足りなかったけど、なんとか乗り切ったわ」
野間は給水車を眺めながら、自分へのご褒美として購入した新しいブランド物のショルダーバッグの中から、瘴気水から製造された活力ドリンク「無敵水」の商品サンプルを取り出すと、蓋をあけて一気に飲み干した。
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11月の前半、関東の一部地域で「無敵水」という名前のエナジードリンクが販売を開始した。販売元は関東近郊に工場のある小さな飲料水メーカーであった。小さな飲料水メーカーの常として広告宣伝予算は少なかったが、この時代にはソーシャルメディアがある。販売担当者はソーシャルメディアの使用頻度の高い大学時代の友人に試供品を提供し、感想を投稿してもらい認知度を高めた。また、試供品だけは多く確保できたので、いわゆるインフルエンサーと呼ばれる影響力の高い人々に試供品を提供した。
なかでも、モモちゃんという名前で活動するジャンガリアンハムスターのアバターを用いた配信者の投稿が人々の注目を集めた。
<やっほ〜、モモちゃんだよ。
今日はちょっとだけ、モモちゃんの中の人の話。
実はモモちゃん、お仕事は営業です。
森で拾ったヒマワリの種を人間のお客さんに販売するお仕事をしているのね(笑)。
でね、この前話した無敵水。
あれを飲んだ週、営業成績トップでした。
(効果音♪)
不思議とね、話が早かったの。
相手が何を言いたいか、話の途中で分かってしまう感じ。
だから先回りしていい提案ができちゃう。
モモちゃん、いつもなら一回持ち帰る話をその場で形にしちゃった。テヘ(笑)。
でも上司も関係部署も簡単に説得できちゃった(笑)。
冬のボーナスが楽しみ(笑)>
モモちゃんやその他の配信者たちの投稿により情報が拡散し、発売開始からしばらくして無敵水の売上は右肩上がりとなった。自社工場だけでは製造が追いつかなくなり、他社に製造を委託するOEMでの販売が始まり、12月の中旬には無敵水は関東一円の学生から就労世代までを巻き込んだ一大ブームとなっていた。




