VS 優しい幽霊(2)
6月の終わりに愛がゲートを破壊してからは魔物の発生もなくなり、せとうち青雲高校では放課後の部活動が解禁となっていた。
先日は体育館横のゲートが復活して一反もめんや飛頭蛮が出現したものの、即座に野間が給水車を手配して瘴気水を製造する工場へと作り変えてしまっていた。本当に恐ろしいのは魔物よりも人間かも知れない。
その日、放課後の体育館でダンス部が車座になってストレッチをしているところに、憔悴した表情の飛鳥と瑞鶴が現れた。志津香が立ち上がって2人に近づいた。
「飛鳥ちゃん、瑞鶴ちゃん、どうかしたの?」
「明奈が目を覚まさないんです。もう、どうしたらよいか分からなくて」
「どういうこと?」
飛鳥と瑞鶴は、明奈が他界した父親に会いに駅に行くといって出ていったこと、様子がおかしかったので心配になって見に行くと、駅の椅子の上で気を失っていた明奈を見つけたこと、家に連れ帰ったが意識が戻る気配が無いことを告げた。
志津香は目を閉じ、顎に人差し指をあて、話し始めた。誰かに相談しているような口ぶりだった。
「魔物を退治して、しばらくしたら、家の外に出ていって、意識を失って…… そう……。魔物の術にかかっている状態なの? 浄化魔法をかけても魔物は退治できない? だから……?」
志津香が目を開いた。
「だから、明奈ちゃんの心の中に入って、本人と話をして助け出すしかない…みたい」
志津香が人の心に直接感情を伝えたり、入り込んだりできることは、愛、紗良、花梨、飛鳥、瑞鶴のなかでは秘密ではなかった。
30分後、シェアハウス1階の和室に集まった6人の視線の先には死んだように眠る明奈の姿があった。志津香が明奈の右手を両手にとって、しばらくのあいだ目を瞑っていたが、やがて目を開けて話し始めた。
「明奈ちゃん、戻ってくるのを嫌がってる。向こうにお父さんとお母さんがいて、ずっと一緒にいたいみたい」
「そんなの、おかしいわ。まるで死にたがってるみたいじゃない」
声を上げたのは花梨だった。
「志津香、私も明奈の心の中へ連れて行ってもらえないかしら。明奈と話がしたいの」
花梨はこれまでに明奈と衝突を繰り返してきただけに、皆意外な面持ちで花梨を見たが、反対するものもいなかった。花梨が熱い思いで明奈と接し続けてきたのは、皆が感じていたことだった。
志津香と花梨は明奈の眠る布団の両脇に座ると、互いの手を取り合い、ベッドに横たわる明奈の手を取り、円を作った。
「じゃあ、花梨、私がいいって言うまで目を瞑っててね。呼吸は私の呼吸に合わせて」
*****
「花梨、もう目、開けてもいいよ」
花梨が目を開けると、そこはアパートの玄関の前だった。階段の両脇に部屋が1つづつある古い作りのアパートだ。花梨は学校の制服、志津香はゴスロリ服を着て、手を繋いで立っていた。
「手を離さないでね。明奈の心の世界で迷子になっちゃうから」
アパートの表札には紺原と書かれていた。志津香が花梨に頷き、花梨がインターホンを押すと、家の中からは、は〜い、という女性の声が聞こえた。
玄関ドアが開くと、明奈とよく似た顔立ちのエプロン姿の女性が現れた。
「はい? 何かしら?」
「私たち、明奈さんの学校の友人です。明奈さんいますか?」
「明奈のお友達ね。ちょっと待っててね」
女性が家の中に向かって呼びかけると、やはりエプロン姿の明奈が玄関に顔を出した。
「なんや、花梨ちゃんやないか、それに志津香さんまで。2人揃ってどないしたん?」
「明奈、あなたを迎えに来たのよ。……一緒に帰りましょう」
花梨が差し出した手を、だが、明奈は取ろうとはしなかった。
「迎えにって…、ここがウチやけど?」
「……」
「ここに引っ越そうかと思うてんねん。せっかく来てもらってアレやねんけど……」
取り付くしまのない明奈の返事だった。志津香が明奈に話しかけた。
「明奈ちゃん、楽しそうだね」
「そうなんすよ~。やっとパパとママに会えたんです。今からママと一緒に作ったカレーを食べるとこやったんですよ」
志津香は異界の食事に口をつけると戻って来れないという話を聞いたことがあった。
「そのカレー食べると、もう二度とこの世に戻ってこれないみたいだけど、いいの?」
「え? そうなん?」
「明奈ちゃんのお母さん、そうなんでしょ?」
志津香が少し大きな声で問いかけると、キッチンから
「そうや。明奈はな、これからこの特製カレー食べてな、こっち側の住人になるんやで」
と楽しそうな声が聞こえてきた。
「ねえ、明奈ちゃん、それでもいいの?」
「ウチ、生きとってもしゃあないもん……。そんなんやったら、いっそ、こっちで……」
花梨が明奈の言葉を遮った。
「ねえ、明奈、明奈のママ、とっても綺麗ね。明奈にそっくりだわ」
「……」
「初めてあった時のこと覚えてる? 私がご両親のこと聞いた時、明奈は自分には親がいない、変な空気にしてゴメンっていったよね」
「……」
花梨が話を続けた。
「あの時、私、もっと明奈のことを知りたいと思ったのよ。明奈は私のこと、なんとも思ってないかも知れないけど。
私ね、明奈に心を開いて欲しくて、いろいろ話しかけたりしたけど、明奈は私に心を開いてくれなかったわ。いつも面白い返事だったり、はぐらかされたり。
私、ムキになってしまって、明奈を怒らせたりしちゃったけど、結局ダメだったわ。
志津香がいってたわ。明奈は、今治銀座で困っているおじいちゃんやおばあちゃんがいれば必ず声をかけるって。私はそんな、とっても優しい明奈が凄いって思うのよ。
だけど、だから! 明奈はまだ自分の人生を生きれていない。何となくわかるのよ。明奈の人生はまだ始まってもいないのよ。
私達はこれからきっと他の誰かと出会い、愛して、愛されるんだって思う……多分……私にも全然分からないんだけどね。
私は明奈に、ひとのためだけではなくて、もっと自分のために生きて欲しいんだって思う。私は、そんな明奈の話を、もっと聞きたい。もっと明奈の楽しい声が聞きたいのよ! だから、生きててもしょうがない、なんて絶対に言わないで! 一緒に今治に帰ろう!」
明奈は花梨のいうことを俯いたままで聞いていた。聞き終わった後もしばらく何も言わなかった。玄関のコンクリの上にポロポロと涙が落ちていた。
「……ウチは今治には帰れへんよ。ママとパパを置いては帰れへんよ」
「……明奈」
いつの間にか、明奈のすぐ後ろに、明奈の母親と父親が立っていた。
「明奈にはいいお友達がいるのね。ママが急に死んじゃって、ママはね、明奈が毎日辛い生活送って泣いてるんじゃないかって思ったけど……、明奈は大丈夫なのね」
「ママ……」
「優しい幽霊さんの力を借りて、こっちに連れてきちゃおうって思ったけど、もう、大丈夫なのね」
明奈の母親が明奈を後ろから抱きしめ、明奈が胸の前で母親の手を両手でつつんだ。親子はしばらくそのままでいた。明奈の母親が顔を上げた。
「花梨ちゃん、志津香ちゃん。明奈のこと、どうかよろしくお願いします」
「私からもお願いします。私は明奈を置いてこっちに来てしまった無責任な父親だから、お願いできる立場ではないけれど、どうか、これからも明奈の友達でいてやって下さい」
明奈の母親と父親が明奈の背中を優しく送り出した。玄関から外に一歩を踏み出した明奈の手を、花梨がしっかりと握った。
明奈が振り返らずにいった。
「さよなら。ママ。さよなら。パパ」
*****
目を覚ました明奈のスマホには、両親からの最後のメッセージが残されていた。
[愛してるよ、明奈]
[人生楽しんでね!]
[愛してるよ、明奈]
[強く生きるんだよ]
明奈が両親にちゃんとさよならを言えました。花梨も明奈に自分の思いを伝えることができました。
このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。
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