VS 優しい幽霊(1)
4時間目のオンライン授業も終わりかけたころ、財団から飛鳥のスマホに魔物が発生したという連絡が入った。場所は今治銀座アーケードからもほど近い空き地である。
明奈、飛鳥、瑞鶴の3人が現場へと到着すると、近所の老人たちが遠巻きに魔物を見物していた。3人を見ると老人たちはすぐに道を開けてくれた。明奈達は妖怪退治の3人娘として、今治銀座周辺ではすでに有名人であった。
「すいませ〜ん、通りま〜す」
「明奈ちゃん、飴でも食べる?」
「飴ちゃん? おおきに!」
優しいお婆ちゃんに飴を貰いながらも前に進み出ると、そこには2つの暗い人影がうつむいて立っていた。
人影は白い着物を着て草鞋をはいた女性のようで、長い髪がうつむいた顔を隠していた。先日の鏡爺の件もあり、飛鳥は慎重に相手の出方をうかがっていた。
「気味が悪いな」
特徴がなさすぎて、瑞鶴の魔物辞典で検索を掛けても、該当する魔物を見つけることが出来ない。魔物たちは3人が近づいてきても、何をするでもなく、ぼんやりと立ち続けていた。
「このままお見合いをしていても仕方がない。やるぞ」
「しゃあないな」
「うん」
飛鳥が素早い足さばきで1体目の人影との距離を一気に詰めて白銀剣を一閃すると、そのままの勢いで残った人影も切り捨ててしまった。
「飛鳥〜、早いって〜」
「フッ」
本人曰く、せっかちな性分な飛鳥なのである。先日もそれで痛い目を見たはずなのだが、反省の色が全く見られないのであった。今も褒め言葉だと捉えているフシがある。
観客の老人たちからは拍手喝采が起きた。飛鳥は白銀剣の峰を肩に載せた。飛鳥は相変わらずのポーカーフェイスを気取っているが、シェアハウスで共同生活を始めて3ヶ月が過ぎ、瑞鶴にも飛鳥が得意満面であるのが分かった。
明奈にとっては拍子抜けであったのだろう、ぼうっとした顔をしていた。
最近、学校の体育館横にゲートが復活し、そこに大量の水の入った給水車を駐車することで瘴気水がより大きなスケールで製造できるようになった。このため、魔物を倒すたびに野間が現れて「あなた達、ぼけっとしてないで、手伝って」と言われることも無くなっていた。
瑞鶴はあまりにもあっさりと魔物が退治されたことに少し違和感を憶えたが、いつものように飛鳥が演武を披露し、瘴気を消し飛ばし、老人たちが拍手喝采する様子を見ているうちに昼食はパスタにしようと思いつき、違和感のことはすっかり忘れてしまっていた。
*****
シェアハウスへと戻った明奈がふとスマホに目をやると、SNSの家族グループのトークが上がっていた。両親が他界し、もう誰も使うことのないグループだったが、明奈はそのまま残していたのだ。
確認すると、死んだはずの父親からの連絡だった。
母親の居場所が分かった、一緒に会いに行こうと言っていた。
母親の葬儀のあと、程なくして父親は失踪した。明奈は家にあった幾ばくかの現金とバイトでなんとか食いつないでいたが、すぐに家賃が払えなくなり部屋を追い出された。めぼしいものは母親の親族と名乗るもの達が全て持ち去ってゆき、明奈の全財産はスーツケースに収まる程度の私物のみとなった。
寄る辺なく、古い年賀状を頼りに訪れた父方の祖父母は既に故人となっており、そこに住んでいた伯父一家には野良犬のように追い払われた。その後は公園で寝泊まりしていたが、浮浪者に襲われ、必死に抵抗しているところを警察に保護された。日本奨学金財団が明奈に接触したのはこのときのことだ。
明奈が返信すると、すぐに父親からも返信が返ってきた。
[ママの居場所が分かった!]
[ママに会いに行こう]
[明奈、いまどこ?]
[今治に住んでる]
[ママは亡くなったんだよ]
[ママに会いたくないの?]
[今ちょうど今治の近くにいるから]
[1時に駅の改札口で会おう]
時計を見ると、1時まで30分もなかった。
父親の失踪を知った時、父親はもうこの世にはいないだろうと明奈は直感した。それほどまでに明奈の父親は母親を愛していた。
その父親が生きているのだ。明奈は急いで身支度を終えると、瑞鶴に「父親に会ってくる」といい置いて、駅へと向かった。
明奈が駅に着くと、背の高い男性が誰かを探していた。明奈は胸の奥が熱くなり、呆然と男性を見つめた。男性がすぐに気付いて、懐かしい笑顔で手を振り、走り寄ってきた。
「明奈!」
明奈よりも頭1つ背の高い父親が明奈を抱きしめた。ぶん殴って悪態のひとつでもついてやろうと思っていた明奈であったが、気づけば涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
「明奈!」
「パパ、なんで!! なんで……」
なんで自分を置いて行ってしまったのか、そう言いたいのに、明奈の口からは声にならない嗚咽だけが漏れていた。
父と娘はしばらくそうしていたが、やがて父親がゆっくりと身を離した。
「明奈、元気そうで良かった。安心したで」
「うん……。パパにまた会えるなんて、ほんま夢みたいやわ。もう死んどるもんやと思っとったわ」
「ママも待っとるで。電車ですぐそこやし、今から行こか」
「パパ、ママはもう…」
「ママがな、明奈に早う会いたいって」
「……」
「今日は明奈が好きなカレー作るって言うてたで。ママのカレー食べてから、今治に戻ったらええやん、な?」
明奈は父親の誘いを断ることが出来なかった。父親と一緒に電車に乗り、鉄橋を通り川を過ぎると、電車の両側に綺麗な花畑が広がっていた。
「わあ、綺麗なお花やな~」
父親と楽しく話を続けるうちに、いつの間にか、母親に会えること、再び家族3人で一緒に過ごせることへの期待が高まっていった。




