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予期せぬ御見舞い

 土曜日の朝。飛鳥と明奈は連れ立って食材の買い出しに出かけた。


「今日の晩ごはん、何食べようか?」

「ウチ、お好み焼きがええな」

「お好み焼きは先週も食べたけど」

「主食やねんから、何回食べてもええんよ」


 などと話しながら今治商店街を歩く。せとうち青雲高校の運動会以降、街の人々から声をかけられることが増えた。特に明奈は最後のアクロバットが街の人々の印象に残ったらしく、子供たちから写真を一緒にとって欲しいと言われたり、握手を求められたりと大人気である。


「お姉ちゃん! 格好いいだけじゃなくて、すごい綺麗!」

「そっかそっか。ウチ目指して頑張り」


 さらに進むと、向こうから明奈と顔なじみの魚屋の店主が自転車に乗って現れた。


「明奈ちゃ〜ん、後で寄ってきな! ブリのいいのがあるからな!」

「あ、おじさん、いつもおおきに!」

「この間の騎馬戦、すごかったねえ! 最後のウルトラC、すごかったねえ! すごい格好良かったから、ブリのいい奴、サービスするよ〜」

「え、ほんまに? 飛鳥、今夜ブリにしよか?」

「……」


 帰宅後、2人が昼食にオムライスを作って食べていると、2階から瑞鶴みつるが下りてきた。野間からカメラ付きドローンをもらって以来、瑞鶴は夜更かしが多くなった。明奈が瑞鶴にもオムライスを出してやると、ケチャップでLOVEと書く、愛嬌のある瑞鶴である。


 昼食のあと、飛鳥は入院中の妹に面会するために外出した。



*****



「春香ちゃん、猫のぬいぐるみ、可愛いね」

「私、猫のぬいぐるみなんて、持ってない」


 春香が焦点の合わない目で看護師をみた。近見春香は難治性の小児疾患で入院している5歳の少女である。進行性の疾患であり、既に視力の大半が失われていた。看護師は先輩ナースからこの病気の平均余命が10代後半から20代前半であると聞き胸を痛め、日頃から気にかけていた。看護師は猫のぬいぐるみを春香に持たせた。


「ほら、この子」

「あれえ?」


 春香は両手の指でぬいぐるみの形を探った。尻尾が長く、春香が既に持っているビーグル犬のぬいぐるみとは形が異なっていた。しかも重い。


「この子、知らない」

「そうなの? でも、すぐ横にあったよ。春香ちゃんのお姉ちゃんが置いていったのかも」

「そっかあ」


 春香は猫のぬいぐるみが気に入ったらしく、抱きしめたり頬ずりをしたり、ふわふわのお腹に顔を埋めたりしていた。


 その日の午後、姉の飛鳥が面会に訪れた。飛鳥は2日に1度は面会に訪れて、なにくれとなく話し相手になったり遊んだり、欲しい物がないかと聞いたりしては春香が淋しくないように心を配っていた。


「春香〜」

「お姉ちゃん!」


 ベッドに腰をかけた春香が顔をあげた。春香の両手には猫のぬいぐるみが抱えられていた。


「この猫のぬいぐるみ、お姉ちゃんがくれたの?」


 そういって持ち上げた猫のぬいぐるみは、最近よくシェアハウスを訪れる赤毛の猫に非常に良く似ている。


「え? 知らないよ」


 そういって、ぬいぐるみを受け取ると、ずしりと重い。間近でじっくり見れば見るほど、赤毛の猫そのままであった。飛鳥はぬいぐるみを持ち上げて下から見たり、尻尾を上下に動かしたり、揺さぶってみたりしてみた。飛鳥は猫の顎の下を右手の人差し指でカサカサと撫でてみた。


「……ぅにゃ」


 猫の口から小さな声が漏れた。飛鳥の顔が引き攣った。もういちど、人差し指でカサカサと撫でてみた。


「……うにゃあ」


 今度ははっきり聞こえた。猫の目が動いて飛鳥を見て、片目を瞑ってウインクした。


 間違いなかった。ぬいぐるみのフリをしているが、あの(・・)猫であった。あの赤毛の猫は尋常の猫ではない。そのことは飛鳥にも明白である。何を考えてぬいぐるみのフリをしているのか、それどころか猫と呼ぶのが適切なのかどうかすらも飛鳥には分からなかったが、春香が気に入っている、という事実だけが飛鳥には重要だった。


「そうだった! そうだった! 思い出した! この間、持ってきたんだった。はははは!」


 と誤魔化して、ぬいぐるみのフリをしている赤毛の猫を春香に返した。


「お姉ちゃん、忘れっぽいね! この子の名前、何にしようかな〜」


 春香は赤毛の猫をぎゅっと抱きしめた。赤毛の猫は満足そうであった。



*****



 その日の夜、消灯後の病室。赤毛の猫は、左右を注意深く見わたし、周囲に人目がないことを確認してから、おもむろに春香に近づくと、


 ガブリ


 と春香の首筋に噛み付いた。


「ううん…」


 春香はすこし不快そうに身じろぎし、すぐに再び寝ついた。しばらくして赤毛の猫が離れると、春香の首筋には2本の牙のあとが残っていたが、数分で消えてしまった。ベッドから床に下りると、赤毛の猫は相部屋を出ていった。



*****



「ぬいぐるみ、無くなっちゃった」


 翌々日、飛鳥が病室を訪れると、春香が淋しそうに告げた。飛鳥は春香の頭を撫でた。赤毛の猫が何を考えているのかは分からないが、すくなくとも敵ではない。飛鳥は次に赤毛の猫に会ったら、病院の春香をなるべく多く訪問するようにお願いしようと思った。


「あの子は結構忙しい猫なのよ。たぶん、またふらっと来ると思う」

「ぬいぐるみなんだから、忙しいわけ、ないじゃない!」


 春香は賢い子だった。飛鳥は春香をいい宥めるのに悪戦苦闘したのであった。


 だが、飛鳥の何げなくいった「忙しい猫」という言葉は、これまでにないほど赤毛の猫の真実に近づいていた。赤毛の猫は、原料の確保、精製、簡単なアイテムの製造、納品、在庫管理、瘴気の処理、職員の福利厚生、ナノマシーン(・・・・・・)()生体(・・)への(・・)注入(・・)までを、一手に担っている、本当に忙しい猫なのである。


 ともあれ、飛鳥のお願いの甲斐あったどうかは分からないが、赤毛の猫はこの後も度々、春香のもとを訪れて、ぬいぐるみのフリをして春香を楽しませてくれたのだった。


 春香の病勢が安定している、適切なサポートがあれば小学校に通えるかも知れない、と飛鳥が担当医から告げられるのは、まだ少し、先のことであった。

このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。

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