悪魔の誘惑
瑞鶴は進路指導室の扉をノックした。
「大西です」
「はい。入って」
瑞鶴がドアを開くと、部屋の中には担任の野間がいた。野間はドアを開けた瑞鶴の方を見ようともせず、丸椅子に座って膝の上にのせたラップトップPCでなにか作業をしていた。顔を上げずに野間がいった。
「いま終わらせるから、座って、ちょっと待ってて」
「はい」
仕方なく、瑞鶴は丸椅子に座って野間を待った。数分後、野間がようやく顔を上げて瑞鶴を見た。
「ごめんね。きりの良いところまで終わらせたかったから」
「はい」
野間の声も目も冷たく何の感情も込められていない。もとより、瑞鶴も大人に何かを期待したことはなかった。
「先日の手が刃物になったイタチみたいな魔物、かまいたち?を退治した時の監視カメラの映像をみたのよ」
「……」
「その時、大西さん、ドローンを2機、同時に動かしていたわよね?」
「……はい」
「あれはどうやったの?」
これは想定済みの質問だった。
「1機はプロポで動かします。もう1機は考えて動かします」
自宅での猛練習の結果、2台とも脳波で動かせるようになっていたが野間に教えるつもりも必要もなかった。
「そう……。いつの間にそんなことができるようになったの? あなたには、そんな能力はなかったと思うけど?」
瑞鶴に投与されるはずだったナノマシーンの量を横取りして研究機関に横流ししたのは野間本人である。瑞鶴の体内で構築されるはずだったリニアアクチュエータや神経導線が本来のレベルで構築されていないのは、体育の時間で実施されている体力測定の結果からも明らかだった。
瑞鶴の体力や反射神経は、同年齢の男子生徒よりは良いという程度のものであり、飛鳥達に比べると1段も2段も低い強化しかされていなかった。
「練習したら、できるようになっていました」
嘘ではなかった。練習したのは事実である。CPUに命じ皮質運動野に集中して神経導線を構築したことを教えてやるつもりも一切なかった。
「そう、ふ〜ん」
瑞鶴に導入されたナノマシーンが自己の判断でドローン操作に特化した構造を構築したのだろうというのが野間の推論であった。瑞鶴の答えは野間の推論を裏付けるように思われた。
「大西さん、あなた、あのナイフ、2本持ってるわね? あなたには1本しか渡してなかったと思うけど、あと1本、どうやって入手したのかしら?」
これもも瑞鶴が想定済みの質問だった。
「部屋においてありました」
「それはいつ?」
「9月の初め頃です、家に帰れば、正確な日付、わかると思います」
「ふ〜ん」
エルデリアが背後で糸を引いているのかも知れない、と野間は思った。エルデリアであればシェアハウスに忍び込むことくらいは児戯に等しいのであろう。シェアハウス内に監視カメラや盗聴マイクを仕掛けることも考えたが、あの家は理事長一族の持ち家であり、下手に動くなと財団から釘を刺されていた。
「大丈夫かしら。この辺り、不審者が多いから気をつけないと。何かあったら、すぐにいってね」
「はい、わかりました」
野間が親切ごかしにいうのを、瑞鶴は白けた気持ちで聞き流した。野間が話題を変えるかのように話を続けた。
「それでね、今日来てもらったのは、中間試験の結果の話なの。まだ結果が出揃ったわけじゃないけど、大西さん、かなり良かったわ」
「そうなんですか?」
瑞鶴は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。今回の中間試験、瑞鶴は数学や物理の計算問題をCPUを用いてチートしたのだ。
「このままの成績を維持すれば、推薦枠も視野にいれてもいいと思うわ。それに、副理事長と私の推薦文があれば、うちの会社……、私が会社からの出向者だってことは知ってたかしら、うちの会社からのスカラシップは確実よ」
これは瑞鶴の予想外であった。
「だから、ね、大西さんに色々と協力して欲しいの」
野間が床の上に置いてある箱をポンポンと叩いた。その時になってようやく瑞鶴は大きな箱があるのに気が付いた。
「これはテレビカメラ付の最新ドローンなの。あなたが持っている2台のドローンとは周波数が違うから、あなたが頑張れば、3台を同時に動かすこともできるんじゃないかと思うんだけど、どう、使ってみる気はない?」
カメラ付きドローンの誘惑もさることながら、親の援助をうけることができない瑞鶴にとって、野間がちらつかせた大学への推薦と返還義務のない奨学金という話は非常に魅力的であった。
その日の放課後、瑞鶴は野間から受け取ったドローンを部屋に持ち帰ると、早速自分自身に内蔵されているRF送信機およびRF受信機との接続を試した。網膜ディスプレイへの映像データの投影は思ったよりも簡単であり、瑞鶴は新しい玩具にすぐに夢中になった。
*****
「野間さん、うまくいったよ」
「へえ、早いわね」
「被検体がドローンの電源を切らずに寝落ちしたのでね」
「……」
「ペアリングされたままだったんだよ。ドローンにはスピーカーが内蔵されている話はしたよね? 被検体が寝落ちした後、彼女の声を合成して、CPUの音声出力をRF送信機に送るように命令したんだ。今、やってみせようか」
<CPU、CPUの機能を説明せよ>
<生体とBINOSとのインターフェイス>
<CPU、BINOSの機能を説明せよ>
<生体ナノマシン操作システム>
<CPU、この生体について詳しく記述せよ>
<身長165cm程度、体重56kg程度の17歳の人類の雌の幼体>
「これは……、面白いわね。色々な秘密を解き明かせそうだわ」
「今晩中にCPUへの入力も音声に加えて、RF受信機からの音声信号も受け付けるようにするけど、試してみたいことが山ほどあるんだ。野間さんにも協力して欲しい」
このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。
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