秋の夜 猫を吸いたし 猫は無し
秋の夜。
志津香は自室にて宿題をしていた。
机の横の壁にかけてある小さなコルクボードには、志津香の想い人である波方愛の写真が貼られていた。元・鉄道研究会、現・波方愛ファンクラブから入手した、真新しい愛の写真も貼られていた。
「はあ〜。愛〜、可愛い〜、好き〜」
ぼふっ
志津香は傍らのベッドに身を投げ出した。エモい気持ちが抑えきれず、大きめの枕を手元に引き寄せると、ぎゅぅっと抱きついた。枕を愛だと思って顔を埋め、大きく息を吸い込んだ。
(すう〜、はあ〜)
なにか物足りない。
最近、赤毛の猫が志津香の部屋を訪問する頻度が減っていた。赤毛の猫は様々な場所や人を巡回訪問する非常に忙しい猫であったのだが、そのことを志津香は知る由もない。
志津香は溜息をついて、枕に顔を埋め、やおらガバッと顔を上げた。
(そうだ! あの子を吸おう……)
志津香は念話を飛ばすと、自宅を出て桟橋へと向かった。
*****
――数分後。
今治銀座を抜けた先にある岸と桟橋を繋ぐ可動橋の、赤いゲートの上に、志津香と飛鳥が海と反対の方を向いて座っていた。
「飛鳥ちゃん、来てくれて、ありがとう!」
「……うん」
志津香が緊急の波動を込めて念話で呼び出したのは、他でもない、飛鳥だった。
「月が綺麗ですね…」
「……うん」
折しも中秋の名月であった。志津香の右手が飛鳥の左手に重なると、飛鳥がわずかに体を震わせた。
「ウフフ。飛鳥ちゃん、可愛い」
「……私、可愛くないよ」
飛鳥が俯いて否定するが、志津香は飛鳥の自己肯定感の低さをガン無視することにした。
「初めて飛鳥ちゃんと会ったのも、ここだったよね」
「……」
「あの時、私、と〜っても怖かった!」
「……ごめん」
志津香はほんの少し、意地悪な気持ちになった。何もしゃべらず、足をぶらぶら、月を眺める。しばらくすると、案の定、不安になった飛鳥が話しかけてきた。
「……志津香さん、怒ったの?」
「……」
「お願い、何か喋って……」
「ねえ、飛鳥ちゃんを吸ってもいい?」
「へ?」
「飛鳥ちゃんを、吸うの!」
「……」
「吸わせてくれないと、嫌いになっちゃうかも」
「……」
「いいよね」
「……」
「いいよね!」
「……うん」
本人の了承をしっかりと得た。そもそも女の子同士。コンプラ上の問題はない、はずだ。早速、志津香は飛鳥の左耳の上に顔を密着させ、大きく息を吸い込んだ。
(すう〜、はあ〜)
(すう〜、はあ〜)
(すう〜、はあ〜)
何度も何度も吸った。吸ってやった。生意気な飛鳥を吸ってやった。
途中、逃げる飛鳥の体を抱きしめて、さらに2度、3度と吸った。
「あ〜いい匂いだった……。ねえ、飛鳥ちゃんは、シャンプーとコンディショナーはシェアハウスのみんなと同じの、使ってるの?」
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
「ねえ、飛鳥ちゃんってば!」
「え、う、うん、そうだよ」
「今度、シャンプーとコンディショナー、買ってあげるね!」
「はあ、はあ、うん」
「誕生日はいつ?」
「はあ、はあ、10月、はあ…」
「じゃあ、私のほうがお姉さんだね!」
志津香が飛鳥の手をぎゅっと握る。
「そうだ、私のこと、志津香さんて呼ばないで!」
「……なんて呼んだらいい?」
志津香は顎に左指を当てて、少し考え、答えた。
「お姉さま!」
「え?」
「私のことは、お姉さまって呼んで! ねえ、もう1回、吸っていい?」
今治の秋の夜は更けてゆく。
このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。
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