VS ゴブリンアーチャー
「ピンポンパンポーン。魔物がァ、発生しましたァ。生徒はァ、落ち着いてェ、グランドにィ、避難しましょう」
いつものチャイム音にいつもの魔物警報。生物の教師がチョークを置いた。
「じゃー、今日はここまで。グランドに移動します」
人間、慣れとは怖いものである。
こう毎日のように魔物警報が発報されると、当初感じていた恐怖感は次第次第に薄れて、せとうち青雲高校の生徒たちのグランドへの移動はマンネリと化していた。
当初は教師を先頭に2列となって理路整然とグランドへ避難していたが、いまでは教師や生徒が連れ立って、三々五々、ダラダラと話をしながらグランドへと移動してゆくのだった。
そんななか、今日も愛は皆とは逆の方に向かって歩き出した。隠密のスキルを用いているので注意を向けられることはなかった。
時折、何人かの生徒が愛に気がついたように顔を向けたが、周りの生徒が何も言わないので、目をこすりながらグランドへ移動するのだった。
「おじさんはドロンさせて頂きます」
父親の口調を真似しつつ校舎内を歩いてゆくと、今やゴブリンの発生場所と化した3階の廊下で2匹のゴブリンが男子生徒達を取り囲み、棍棒で殴りつけていたのであった。
「あいつら!」
近づこうとして廊下を走り出すと、視界の隅に何かが動いたような気がした。
「!!!」
反射的に体を伏せると、それまで愛が立っていた空間を何かが、ひゅん、と音を立てて通り過ぎていった。愛はすぐさま、開いたままの扉から教室に飛び込んだ。
(危なかった)
愛の心臓が激しく動悸していた。
<ゴブリンアーチャーを確認しました>
女性の声が教えた。廊下の先のどこかに、ゴブリンアーチャーが潜んでいるに違いなかった。
愛は異世界エルデリアにおいて、魔物の発生には不思議な法則があり、必ず3のべき乗で発生すると教えられていた。3体、9体、27体、81体、243体、、、、といった具合である。
「瘴気から発生するゴブリンには法則性があるから、よく憶えておいて。ゴブリンが3匹で発生したときは、そのうちの1匹は一定の確率でゴブリンアーチャーやゴブリンスカウトになると言われているわ」
アキ先生の教えてくれた通りだった。今回はどうやら、ゴブリンアーチャーが発生したようだ。
(あのゴブリンアーチャーは、最初から殺すつもりで撃ってきた)
実体を持たないゴブリンには珍しいことだった。実体を持たない魔物は、実体を得るために女性を凌辱し苗代とすることが多かったが、瘴気に還元し人間にとりつくことで実体を得ることもあった。
矢を射掛けられたことで、愛の気持ちが引き締まった。
愛が教室のなかから廊下をうかがうと、ゴブリンアーチャーが獲物を狩るべく、短弓に矢を番えた状態で廊下を歩いており、愛と目が合うやいなや、目にも止まらぬ早業で矢を射ってきた。愛が頭を引っ込めると、すぐその場所を矢の唸る音が通り過ぎていった。
「ぐえ! ぐえ!」
ゴブリンアーチャーは他の2匹のゴブリンに何か指示を出したらしい。もうすぐこの教室にやってくるだろう。
愛は教壇の陰に隠れて、彼らを迎え撃つことにした。
しばらくすると、ゴブリン2匹が教室へと入ってきた。2匹のゴブリンは付かず離れずの距離を保ちながら、棍棒を構え、周囲を警戒するように、じり、じり、と愛の潜む教壇の近くへとやってきた。
愛はエルデリアでの戦闘訓練を思い出していた。飛び道具を想定した訓練自体は短かいものであり、アキ先生への信頼に基づいたものではあったが、苛烈かつ過酷なものであった。だが、後になってから当時を振り返ってみると、あの訓練が魔物に立ち向かう精神力を愛に与えてくれたのだと思えた。
(訓練の時よりも、敏捷値は上がっとる。いける)
動悸は既に落ち着いていた。
愛は手に持った白いチョークを見つめ、ひと呼吸ののち、アンダースローで投げた。チョークは机と椅子の間を通り、壁にあたって軽い音を立てた。
カキン
3匹のゴブリンの注意が音の方向にそれた瞬間、愛は教壇の陰から飛び出した。一番近くにいたゴブリンの頭部にヨーヨーを叩き込み、素早く右手に戻した。同時に飛来する矢を感じ、ヨーヨー側面で受け、弾き飛ばした。ゴブリンの頭部が爆散した。
(おった)
ゴブリンアーチャーは入り口近くの机の上に立ち、こちらを向いて2の矢を番えていた。手は同じ位置のまま、手首のスナップだけでもう1匹のゴブリンの顔面にヨーヨーを叩き込み、右手に戻した。すぐさま飛んできた2の矢もヨーヨーで彈き飛ばした。遅れてゴブリンの頭部が爆散した。
ゴブリンアーチャーは3の矢を番えた。愛は少し半身気味に、ゴブリンアーチャーへとゆっくり近づいていった。愛が近づくにつれて、3の矢、4の矢、5の矢が飛んできたが、すべてヨーヨーの側面で弾き飛ばした。
愛の心は凪いだ海のように落ち着いていた。
矢筒に矢がないことに気づいたゴブリンアーチャーが顔を上げた。愛と目があった。
愛はにこり、と笑った。
「えんじょい♡」
「げゲボン!」
結局、本日のコーレスもバッチリ決まったのであった。




