愛と、ミニバーガーと
愛が自室に閉じこもって既に3日が過ぎていた。
あの日、愛は体調不良を理由に学校を早退すると、そのまま帰宅し自室に鍵を掛けてしまった。母親の呼びかけにも一切答えようとしない。母親が部屋の前に置いた食事にもほとんど手をつけなかった。
心配した友人達がスマホに送ったメッセージも未読であった。紗良と志津香が部屋の前にきて呼びかけたが、放って置いてほしいという返事が一度聞こえただけで、その後は答えようとしなかった。
*****
今朝は雲ひとつない晴天だった。夏至を少し過ぎた朝の光が空から惜しみなく降り注いでいたが、その光を拒絶するかのようにカーテンを締め切った部屋があった。
うす暗い部屋のなか、何をするわけでもなく、愛はベッドに横たわっていた。何をする気力も起きなかった。エルデリアが虚構であったこと、実際にはプログラムであり魔物の発生をもコントロールしていたことは、愛の心に大きな衝撃をもたらしていた。
紗良や志津香達は、そのまま魔物と戦い続ければいい、と愛は思った。彼女たちはエルデリアが電脳世界だと分かっていても戦い続けられる人たちなのだ。
だが自分は違う。虚構のなかでいいように踊らされるのは御免だった。
(一生懸命になって馬鹿みたい。もう自分は戦わない)
どうしてアキ先生は最初にそういってくれなかったのか。アキ先生は自分が甘ったれたお嬢さんだといったが、だからといって人の死まで偽造して騙していいというものではない。仮に騙したとしても、どうしてもっと早い段階でアキ先生が自分から打ち明けてくれなかったのか、という思いがあった。アキ先生に対する信頼が深いほど、裏切られた気持ちもまた大きかった。
愛の心のなかで行き場のない思いが渦巻いていた。この思いにはどこにも出口や着地点などなかった。愛がうつ伏せになって再びまどろみの中に逃げ込もうとしたとき、まどろみかけた意識の外からドッドッドッという不思議な音が聞こえてきた。
特徴的な音は次第に大きくなった。もはや騒音と呼べるほどのレベルになった音は、どうやら大排気量のオートバイのエンジン音のようだった。バイクは騒音を撒き散らしながら周辺を徘徊すると、愛の家の前あたりに来ると止まった。
やがて、
ピンポーン♪
と呼び鈴がなった。階下で母親が訪問者と何か話をしているようだった。
しばらくすると、
ドスドスドス
と階段を上がってくる無遠慮な足音が聞こえ、足音は愛の部屋の前で止まった。
コンコン
愛の部屋のドアがノックされた。愛はノックを無視することにした。
すると、
コン!コン!コン!
と、さっきよりも大きくノックされた。
「うるさいなあ、もうっ、放って置いてよ!」
愛は枕をドアに投げつけた。
「愛ちゃん、俺だ、ジェイソンだ!」
ドアの向こうから男性の声が聞こえた。訪問者はエルデリアのハンバーガー屋の親父であった。
「えっ、ジェイソンさん? 本物?」
愛はベッドから跳ね起きるとドアを少し開けた。隙間からそっとみると、そこにはふざけ顔で、それでいて心配そうな顔のジェイソンがいた。愛と目があうとにっこり笑った。いい笑顔なのだが、上の前歯が一本なかった。
「本当にジェイソンさんだ……」
「愛ちゃん、おれは本物だぜ!」
エルデリアの人々が全員プログラムだと思っていた愛にとって、今治の自宅へのジェイソンの訪問は全く予期せぬ出来事であった。
「……おじさん、どうして来たの?」
「アキ先生に愛ちゃんがピンチだって聞いてな、はるばる来たぜ!」
「どこから?」
「大阪から」
「近いじゃん!!」
ジェイソンは何かを扉のすきまから差し込んだ。
「ミニバーガーおひとつお待ちぃ〜」
それは包み紙に包まれたミニバーガーだった。愛は恐る恐る手を伸ばした。暖かかった。
包み紙を開くと、懐かしい食欲をそそる匂いがした。思わず口にすると、エルデリアで何度も食べたあのミニバーガーの味だった。
「……美味しい」
「だろう?」
ジェイソンは愛がミニバーガーを食べる様子をドアの隙間から満足そうに眺めていた。
「なあ、愛ちゃん、そのままでいいから、少し俺の話を聞いてくれよ」
*****
俺はアメリカのアラバマって所の生まれなんだけど、成績が良くなくてね。高校出てすぐに陸軍に入隊したんだよ。
しばらくしてイラクで戦争が起きて、俺たちの部隊もイラクに派遣されたんだ。イラクでの任務は大変だったよ! パトロールするんだけど、いろんなものに爆発物が仕掛けられていたり、遠くから狙撃されたりしてね。
あるとき、いつものパトロールの直前に俺だけ異動命令が出たんだ。俺のいた分隊は、俺抜きでそのままパトロールに出たんだが、そんときに複数の死亡者が出たんだ。爆発物だったよ。
あとで知ったことだが、イラク側の大物の居場所を特定する諜報活動の過程で、事前にCIAが爆発物の情報を掴んでいたらしいんだが、パトロールのルートを変えると内部にインフォーマントがいることを知られてしまう。
だから敢えてパトロールのルートを変えず、俺だけ分隊から移動させられたんだ。
なんで俺だけかって?
愛ちゃん達ほどじゃないけど、俺にもナノマシン適合性があってね。貴重なアセットをここで失うわけにはいかないってGHOっていう組織が判断して軍に働きかけたんだよ。
……当時はな、俺がいれば友達を救えたかも知れないって思って、ずいぶん長いこと、アキ先生を恨んだもんだぜ。
生き残った自分の罪の意識と、あと青臭い正義感もあったかも知れないな。
だけどな、その後いろんな任務に参加してな、その任務で俺が助けた人がいってくれたんだよ。あなたがいてくれて、本当によかった、ありがとうってな。
なあ、愛ちゃん、
愛ちゃんはな、きっと大勢の人を助けるためにこの世に生まれたんだよ。
この世界は愛ちゃんが思っているよりずっと広いんだぜ。
この世界には、これから愛ちゃんの助けを必要としている人が大勢いるんだ。
さっきのアキ先生の念話が聞こえただろう?
今だって、愛ちゃんの友達が学校で生死をかけて魔物と戦っているんだろう。これは紛れもない現実だ。
だったら、愛ちゃんはどうするべきか、本当は分かっているんだろう?
*****
愛は手早く身支度を整えると、ドアを開けた。
「準備はいいかい?」
「うん」
愛はいってきますと母親に短く声を掛け玄関を出た。玄関前には黒い大きなアメリカンバイクが停まっていた。
ハーレーダビッドソンXLH1200。空冷OHV45°Vツイン、1,200cc、最高出力60hp。時速100kmまで6秒で到達する黒い悍馬だ。
ジェイソンが愛にヘルメットを手渡した。
「愛ちゃん、乗って」
愛がハーレーの後部シートにまたがると、ジェイソンはハーレーのエンジンに向かってお祈りを始めた。
「なにしてるの? 早く行こうよ!」
ジェイソンが真面目くさった顔で答えた。
「さっきまで乗ってたから、大丈夫だと思うんだけど。いやね……、こいつたまにエンジンがかからないんだよね……。
だから、エンジン掛ける前に、こうやってね、エンジンがかかりますようにって、お祈りするんだよ」
こんな時なのに、だが、愛は思わず笑ってしまった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
このお話これからどうなるんだろうと、少しでもワクワクしてもらえてたら嬉しいです。
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