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エルデリアと嘘

夜のせとうち青雲高校。愛は一人きりで夜の校舎を歩いていた。愛の手の動きに合わせて爆裂ヨーヨーが重たげに上下した。


愛が一人きりでパトロールを行うのは久しぶりだった。今日は紗良の彼の誕生日であり、愛が紗良に彼と一緒に過ごすように勧めたのだ。


せとうち青雲高校で魔物が発生する場所は決まって、3階の職員室前の廊下と体育館横であった。


いつものように、愛はせとうち青雲高校の隣接する児童公園の茂みから高校の敷地内へと入り、そのまま体育館横を確認したあと、校舎内を巡回し、1階の渡り廊下から再び体育館横を確認した。


魔物はいなかった。


そのまま帰路につこうとしたとき、愛の背後にゴブリンの気配がにじみ出た。


愛が振り返ると、そこにいたのは奇妙なゴブリンだった。肌の色は緑色であったが、犬歯が出ておらず、眼の黄色も薄く、一見すると人間の子供のように見えた。


愛が爆裂ヨーヨーを投擲するより一瞬はやく、ゴブリンが右手で制した。


「まて。話がしたい」


ゴブリンは日本語でそういった。


「あなた、言葉を話せるの?」


愛は内心の驚きを隠しながら、右手のヨーヨーを握る手に力を込めた。


「そうだ。おまえに話がある。

 おまえは、なぜ、我々の邪魔をする?」


意外な質問。魔物は純粋に理由を知りたいようだ。愛はヨーヨーを下ろすと、ゴブリンに質問を返した。


「それは、おかしな質問だよ。

 逆に聞かせて。魔物はどうして人間を襲うの?」


以前から魔物がなぜ人間を襲うのか、愛は疑問に思っていたのだ。


好奇心は身を滅ぼす、という言葉を愛は知らない。


ゴブリンは当然のように答えた。


「魔物は発生した時に、人間を襲えと指令を受けている」


愛はゴブリンの語る話に興味を抱いた。


「じゃあ、誰が魔物に指令したの?」


ゴブリンが答えた。


「エルデリアだ。我々に人間を襲え、という指令を与えたのはエルデリアだ」

「嘘よ!」


愛は即座に否定した。魔物の口から聞くとは、最も予想しなかった言葉だった。


「嘘とはなんだ?」

「……本当ではないってことよ。エルデリアが魔物に指示を出すはずがないじゃない」

「嘘……。面白い言葉だ。我々は、本当、しか知らない。お前もエルデリアから魔物と戦うように指令を受けているのか」

「……」

「答えてくれ」

「そう、だよ……」


ゴブリンは腑に落ちたようだった。


「なるほど。理解した。私もおまえも、エルデリアから戦うように指令されている。ならば、戦わねばなるまい」


愛はヨーヨーを構えた。


「だが、それは今日ではない。

 再び、会おう、好敵手よ」


ゴブリンの気配が薄れ、闇に溶け込んだ。愛の暗視のスキルをもってしても、何も目に捉えることができなかった。



*****



ゴブリンの先行者から魔物を発生させている存在がエルデリアであると聞いた翌朝、愛は今治駅から続く大通りをせとうち青雲高校に向かって一人で歩いていた。


紗良からは少し遅れるから先に教室に行っていて欲しいという連絡があった。


紗良はとても幸せそうだ、と愛は思った。


一晩過ぎて、昨夜ゴブリンから聞いた話が、未だに愛の脳裏から離れることはなかった。


「おはよう! 愛」

「おはよう」


いつもの信号で志津香が隣に並んだ。志津香はすぐに愛の声が普段よりも暗いことに気づいた。


「どうしたの? 元気ないね」

「ちょっとね……」


愛はしばらく赤信号を見つめていたが、ややあって口を開いた。


「ねえ、志津香は結局、エルデリアにいったん?」

「いったよ。国語の先生に保健室の合鍵もらって、夜中に忍び込んだんだ。内緒にしててごめんね」

「ううん。いいの。エルデリアどうだった?」

「不思議だよね。私、保健室で寝てたの、2時間ぐらいだったけど、体感では2ヶ月くらいに感じたわ」

「町にはいった?」

「ううん、私とアキ先生だけ。みっちりと修行させてもらった」

「孤児院で?」

「うん。でも子供たちはいなかったよ」


信号が赤から青に変わった。他の児童や生徒とともに、愛と志津香は並んで歩き出した。


「多分、色々あって、アキ先生も子供たちを動かす余裕がないのかもね」

「……動かす余裕って、どういう意味?」

「多分、だけど、エルデリアって、魔物と戦う訓練を行うためのVRMMOだと思う」

「……VRMMOって何?」


以前の志津香は放課後を図書館で過ごすような陰キャであったので、色々なことを知っていた。


「とっても現実的なゲーム世界って感じかな。私達の体って、何らかの方法で強化されているんだけど、それを動かす方法をバーチャルな体験として学ぶことが出来るんだと思う。催眠学習って言い換えてもいいかも知れない」


愛は現実が足元から崩れてゆくような感覚を覚えた。他の4人とは異なり、愛はもっとも長い1年近い期間をエルデリアで過ごしていた。その間に、エルデリアで多くの人と知り合っていた。アキ先生を始め、孤児院の子供たち、神父様、孤児院の近所の人たち、キャリーさん、冒険者の人たち、死を選んだ魔道士メアリー、治癒院の先輩たち、町の人達、ジェイソンさん。


「エルデリアが、エルデリアの人達が、プログラムだってこと?」

「そうね。現在の人類の科学技術ではとうてい作成できないほど精巧なプログラムだと思う」

「……」


愛は歩きながら、一言も喋らなかった。



*****



1時間目の途中、気分が優れないという理由で教師の許可を得ると、愛はまっすぐに保健室へとやってきた。養護教諭と一言二言話をして、ベッドに横たわり目を閉じた。


次に目を閉じると、そこは懐かしい孤児院の屋根裏部屋であった。愛はなすべきことが分かっている人間の動きでベッドから起き上がると、急な階段を下りた。食堂に子供たちの姿はなかった。食堂に隣接する小部屋のドアは半分開いており、部屋の中では年配の女性が書き物をしていた。愛はドアをノックした。


「アキ先生、お話があります」


女性が顔を上げて、愛の顔を見た。


「そろそろ来る頃だと思っていたわ、愛」

「教えて下さい。エルデリアって、いったい何なんですか?」


アキ先生は眼鏡を机に置くと、ティーポットを手にとった。


「落ち着いて。ハーブティーでも飲まない?」

「……そのハーブティーも現実ではないんですよね?」

「そう。知ってしまったのね」


愛はもう怒りを抑えることができなかった。


「ゴブリンから聞いたんです! 魔物に指令を出しているのがエルデリアだってこと」

「……どこから話したら良いのかしら?」

「全部、教えてください!」


アキ先生は、アキ先生と呼ばれる機械知性は、愛の脳波や交感神経の活動、更には血液成分をモニターすることで愛の感情を定量的にモニターすることができた。


今の愛の状態は極度の怒りと猜疑心を示していた。アキ先生は慎重に対処する必要があると判断した。


「エルデリアはね、魔物討伐のチュートリアルを行う電脳世界なの。

 エルデリアのスキルは魔法によるものではないのよ。

 ナノマシンと呼ばれるとても小さな機械が愛達の体を強化しているの。

 愛の場合は肉体の強化だけだけど、紗良、花梨、明奈の場合、ナノマシンによって拳や足に衝撃波発生装置が生成されているわ」


しばらく沈黙があった。


「ゴブリンが、魔物に指令をだしているのがエルデリアだといっていたのは、どういうことですか?」

「あなた達のためなのよ」

「……どういうことですか?」

「魔物が発生すること自体は止められないけど、発生する魔物の種類や、魔物の行動を、ある程度コントロールすることができるの。発生する魔物の種類を、あなた達が電脳世界のほうのエルデリアで戦ったことがあるタイプの魔物に限定しているのよ。

 瘴気をダムの水に例えるなら、維持放流といったところよ」

「……ありがとうございます、っていったほうがいいんですか?」

「そうね……。なんの説明もなかったのは悪かったと思っているわ」


少々毒気を抜かれたようだったが、愛の怒りと不信感は収まらなかった。


「……紗良は、このこと、知ってるんですか?」

「紗良は薄々気づいている節があるわね。この間、大規模な太陽フレアがあったとき、あなた達、間違ってエルデリアにアクセスしてしまったでしょ。紗良はすぐに開き直って豪華ホテルに宿泊してたでしょ。そういうことよ」

「……花梨はどうなんですか?」

「あの娘は今、猫とお洒落にしか関心がないのよ」

「……アキ先生はプログラムなんですか?」

「イエスでもあり、ノーでもあるわね」

「どういう意味ですか?」

「機械という意味ではイエスだけれども、地球の人たちがいうプログラムと同じかというとノーね。私はプログラムとは比較にならないくらい高度よ。地球のプログラムは一回作ればそれっきりでしょ。私は私自身が気づかない内に自分自身のプログラムを常に更新しているの。情報生命体といってもいいわ」

「勇者ジャックと魔道士メアリーも、アキ先生のような生命体なんですか?」

「あれはプログラムね。ゲームでいうところのNPCよ」

「……わたし、馬鹿みたい。

 メアリーが死んだと思って、一生懸命になって」

「愛、あなたのやる気を引き出すために、必要なことだったのよ」

「……帰ります。わたしをもとの世界に帰して下さい」

「愛、待って、愛!」

「帰ります!」


愛はそう言い捨てると、屋根裏部屋に上がっていった。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます!

今回のお話、少しでも「いいな」と思ってもらえてたら嬉しいです。


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次も頑張ります!

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