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夜の校舎にてコールアンドレスポンス

本エピソードには、法令に反する行為(夜間の学校敷地への無断侵入等)への言及や描写が含まれますが、これらは物語上の演出であり、現実での実行を推奨・肯定するものではありません。

 真夜中のせとうち青雲高等学校では、人気のない校舎の廊下を、棍棒を手に持った3匹のゴブリンが校舎をうろついていた。


 ゴブリン達は3階の廊下の窓から外を見てグエグエと言い合ったり、掲示物を剥がしたりしながら、夜の校舎を歩いていた。


 1匹のゴブリンが、廊下の向こうから小さな人影がこちらに近づいてくるのに気がついた。人影は女性のようであった。


「ぐえ! ぐえ!」

「ぎえ? ぎえ!」


 人影は右手に小さな丸い物体を有していた。


 人影が右手を上下に動かすと、その動きに追従して丸い物体も上下に動いた。


 ゴブリン達は警戒し、歩みを止め、棍棒を両手に構えた。


 その人影、波方愛が右手に持った物体は白銀に輝くヨーヨーであった。ヨーヨーは窓からの月明かりを反射しながら、ゆっくりと上下を繰り返していた。美しく小さな外観とは裏腹に、ヨーヨーが最下点に達する度に、凶悪な重量が愛の右手を強く引くのだった。


 最初は警戒していたゴブリン達であったが、近づくにつれて、人影は人間の若い女性だということに気がついた。


「ゔぉゔぉ? ゔぉ!」

「ゔぉ♡」


 ゴブリン達は笑っていた。実体のないゴブリンにとって人間は苗床であり、寄生の対象となる宿主でもあった。


 とりわけ、若い女性は格好の苗床であった。いつものように、ゴブリン達は獲物を取り囲んだ。しかし、その日はいつもと違い、獲物は悲鳴を上げるどころか、怯えた様子すら見せなかった。


 愛はヨーヨーを上下させながらゴブリン達が自分を取り囲むのを冷静に眺めていた。その瞳は友人と話す時の優しい瞳ではなく、害虫駆除を生業とする人間の冷徹な目であった。


 ゴブリン達の1匹が右手に持った棍棒で愛に撲りかかろうと振りかぶったその時、ゆっくり上下していたヨーヨーがまるで白い稲妻のようにゴブリンの頭部にのめり込み、すぐに愛の手元にもどった。


 何事もなかったかのようにヨーヨーは再び上下に動き始めた。


 ゴブリンの頭部が爆散した。


 美しいヨーヨーは一撃必殺の鈍器であった。


 残った2匹のゴブリンは、何が起きたのか分からないまま周囲をきょろきょろと見渡していたが、やがて目の前の少女の仕業だと気づいたようだった。


 その間も、愛は重金属のヨーヨーを上下に弄びながら、ゴブリン達を観察していた。


「ぎえ! ぎえ!」


 残ったゴブリンの1匹が愛に棍棒を振りかざした時、ふたたび電光石火の速さでヨーヨーがゴブリンの顔面にのめり込み、爆散させた。


「げゲボン!」


 ゴブリンが「げえ」と言いかけたところにヨーヨーが顔面にはいりゲの音を発し、間髪入れず爆散したのでボンの音が続いた。その結果、げゲボンのレスポンスとなったのだ。


「え? 今の声、なに?」


 無表情だった愛が驚きで目を丸くした。


「もう一回やってみよう……。うまくいくかな?」


 愛はヨーヨーを手に持ち、1匹だけ残ったゴブリンを見て慎重にタイミングをはかっているようだった。

愛の右手から静かにヨーヨーが放たれた。


「えんじょい♡」

「げゲボン!」


 タイミングはバッチリだった。


「やったあ。これがコーレスかぁ〜!」


 コーレス、すなわち、コールアンドレスポンスである。


 夜の校舎で、愛はひとり飛び上がって喜んだ。



******



 魔物がどこからともなく現れ、人々を襲うようになってから、すでに数ヶ月が経過していた。それらのなかにはファンタジー小説や漫画に出てくる特徴そのままの魔物もいて、メディアやSNSではゴブリンと呼ばれている。


 エルデリアから帰還して間もなく、愛の通うせとうち青雲高校にも少数ながらゴブリンが出没するようになり、夜の校舎のパトロールは愛の日課となっていた。連日の睡眠不足のせいで、最近は学校から帰宅するとすぐに仮眠をとることが多かった。


 その日、愛は自室のベッドに寝転がってスマホを見ていた。白昼のせとうち青雲高校にゴブリンが現れた日以降、生徒達のSNSはゴブリンの話題で持ち切りだった。ゴブリンを見た、という女子生徒が動画をアップしていた。窓の外では、野良猫であろう赤毛の猫が塀の上で香箱座りをして、ベッドに寝転がる愛をじっと見ていた。


 愛はしばらくスマホを見ていたが、ふと思いついて、


「ステータスオープン」


 と呟いた。愛の目の前の空中に、淡い光を放つ、四角い窓のようなものが現れた。


 【ステータス】

 名前:波方 愛

 種族:人間

 職業:巫女

 称号:-

 レベル:5

 体力:50/50

 チャージ:-/-

 力:20

 俊敏:50

 装備:爆裂ヨーヨー(USR)

 スキル:隠密、暗視

     ヒール(小)

     浄化(小)


 愛は大きくため息をついた。


「レベルって、なかなか、上がらんね」

「うにゃ、うにゃー」


 窓越しに赤毛の猫が愛に答えた。


「ゴエモン、いっときますけど、うちにはもう盗むものはないけんね!」


 愛が窓を閉めた。


「それになんで職業が巫女なんやろうなあ」


 愛はやや低めのソプラノでひとりごちた。


 アキ先生によるとお正月に巫女さんのバイトしたから、そのせいなのだという。愛はそのバイト代でテレビを買った。自室でドラマを見るためだ。そのテレビも今はない。ゴエモンが盗んでいったからだ。


 愛が不思議な力を得たのは、新学期が始まって間もない4月中旬の頃だった。気分がすぐれず、保健室で横になった愛が気がつくと、彼女は見知らぬ異世界エルデリアに転移していた。


 中世ヨーロッパのような風景が広がるその世界では、人々の生活と生存圏はゴブリンをはじめとする魔物たちによって脅かされていた。愛は生き延びるため、エルデリアの人々と共に魔物たちと戦い、アキ先生との厳しい修行に明け暮れた。


 日々の戦闘の中で少しずつ魔物と戦う心、技、体を身につけていった。そして、気づけば愛はその世界で1年以上の月日を過ごしていた。


はずだった。


 ある日、いつものように厳しい修行を終え、疲労から深い眠りに落ちた。次に目を覚ますと、そこはもといた保健室のベッドの上だった。


 愛はわけがわからなかった。ぼんやりとした意識のまま、教室に戻った。愛が保健室にいた時間は半日にも満たなかった。その日は混乱したまま、一日を過ごした。


 次の日の朝、生まれ育った家で目覚めた愛は、あらためて家族の顔をみて、現実の世界に戻ったことを実感した。今でも、エルデリアでの日々は夢だったのだろうか、と思うことがあった。


「でも、コレって、現実なんよなあ……」


 愛は、通学鞄から丸みを帯びた金属の塊を取り出した。あの日、保健室から教室に戻った愛がしまい込んだものだった。


爆裂ヨーヨー(USR)。


 チャージを消費せずに、攻撃した魔物を爆散させることができるウルトラスーパーレアアイテムだった。白銀に輝く重金属製のヨーヨーはずしりと重く、愛の手のなかで存在を主張し、エルデリアでの日々が決して夢ではないのだと告げていた。

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