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愛は考えに沈み、唐揚げはなくなる

本エピソードには、法令に反する行為(夜間の学校敷地への無断侵入等)への言及や描写が含まれますが、これらは物語上の演出であり、現実での実行を推奨・肯定するものではありません。

 話は少し遡る。


 白昼のせとうち青雲高校に初めてゴブリンが出現した日の前日、特に変わり映えもしない昼休みの空気の中、愛と紗良はのんびりと教室でお弁当を食べていた。


「……ねぇ、紗良。昨日のニュース見た?」

「ニュースって、何のニュースよ?」


 紗良はすらりとした姿形の健康少女だ。髪は後ろでまとめ、おでこを出している。紗良は愛のお弁当から唐揚げをつまんだ。


「“またゴブリンが出没しました”ってやつ。どう思う?」

「あ〜、はい、はい。あれね。この唐揚げ美味しいね。」


 愛は弁当箱に蓋をして、大きな切れ長の目で紗良を睨んだ。口が可愛らしく尖っている。


「ちょっと、ちゃんと聞いてよ。真面目な話なんやけど」

「ちゃんと聞いてるよ。ゴブリンね……」


 少し間を置いて、紗良は愛をじっと見つめた。


「ねえ、愛ちゃん、いいネタがあるんだけど」

「なになに、教えて!」

「タダで情報提供はできませんぜ〜」


 紗良は箸を舐めて、じっと愛の弁当箱を見つめた。


「紗良のケチ」

「世間は厳しいんだよ……愛ちゃん」


 愛は仕方なく弁当箱の蓋を開けて、紗良に差し出した。紗良は嬉々として唐揚げを摘み上げた。


「それがさ、昨日、親が電話でしゃべりよるん、聞いてしもうたんよ。“学内に魔物が現れた形跡があります”って」

「ほーなん! それヤバくない?」


 紗良の両親は学校関係者だ。情報に信憑性がある。これまでゴブリンの出現は海外や、日本では人気のない山間部に限られていた。この世界でも都市部に出現し始めたのだろうか?


「うん、普通にヤバい。警備会社が対応できません、っていうから夜間の警報装置は切るって。

 授業はリモートになるかもって」

「え、ダンス部は?」

「部活動は全面中止だろうって」

「ええっ!」


 紗良がさらに唐揚げを口に放り込む。


「愛、夏のカーニバル、出られんかもよ」


 愛と紗良はせとうち青雲高校のダンス部に所属し、夏の選手権「ダンスカーニバル」を目標に熱心に練習を続けていた。


 愛は愕然とした。


「このままやと、カーニバルに出られんようになってしまう……? 私達の青春が終わっちゃう?!」


 いや、それどころか、世界の危機であった。


 愛の生まれ育ったこの世界が、魔物に奪われてしまう未来が想像された。


「……このままじゃ、この世界が終わるかも知れん」

「……終わるかもしれませんねえ」


 紗良が唐揚げを食べ終わった。


「ごちそうさまでした。トイレいってくるけん」


 私にできることは何だろう、と愛は考えに沈んだ。つい先日まで愛がいた異世界エルデリアは魔物が跳梁跋扈する世界であったが、魔物が出現し始めた時期に迅速に討伐し魔物を根絶できていれば、魔物に生存圏を脅かされることはなかったのではないか、と言われていた。今の日本の状況はかつてのエルデリアの状況に似ているように思われた。


 愛にはもうひとつ、魔物と戦うべき理由があった。


 それは生前の祖母から愛に託された願いであった。祖母は自らの死後、日本に魔物が現れることを予期していたかのようであったが、そのようなことがあるだろうか。


「あれ、唐揚げ、なくなっとる?」


 この日以降、愛は夜のせとうち青雲高校に忍び込み、ゴブリンを見つけては狩るという日々を過ごすのだった。

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