白昼の高校にゴブリンが出た
「じゃあ次の時間までにエリスが発狂した理由を考えておいて下さい」
国語総合の男性教師がいい置いて、教室を出ていった。昼休みとなり、生徒たちは連れ立って食堂に行くものもいれば、仲の良い生徒同士で教室内で昼食を食べ始めるものもいた。
波方愛と宝来紗良はいつものように机を寄せて、お弁当を食べ始めた。愛と紗良はクラスメートであり、幼馴染でもあった。紗良がチキンナゲットを指でつまんで口に放り込んだ。
「妊娠して捨てられたんやったら、そりゃあ発狂もするよ」
紗良は美しい顔立ち、モデルのようなすらりとした体つきに似合わず、よく食べる健康少女である。
「紗良、ちゃんと箸で食べんと」
愛は箸で卵焼きを口に運んだ。愛は大きな切れ長の目に下唇のぷっくりとした可愛らしい少女だ。口では幼馴染を注意しながらも、いつものように澄んだ瞳が優しく笑っていた。
(だけど、最近変わった)
と紗良は思う。優しさは瞳にそのまま残り、そこに強さが加わったように思われた。
紗良にはうまく言葉にできない。2つめのチキンナゲットを口に放り込んだ。
「男って魔物だよね〜」
「男の人……」
愛が何かをいいかけた時、年配の男性教師が廊下から教室に向かって叫んだ。
「不審者が校内に侵入しました。今すぐにグランドに避難して下さい!」
男性教師はすぐに走り去った。隣のクラスにも指示にいったようだった。
開けたままの扉からは、避難を始めた他のクラスの生徒たちの姿が見えた。
キャー
遠くから女性の悲鳴が聞こえた。
昼休みの弛緩した空気が一変していた。
教室の前後の扉から生徒たちが我先に廊下へと一斉に溢れ出た。紗良は残りのチキンナゲットを全て口に放り込んだ。
「さて早く逃げなきゃ……って、あれ、愛がいない?」
*****
廊下では、不安と怯えのなか、大勢の生徒たちがグランドへと移動していた。
「何が起こりよるん?」
「知らんて!」
「さっきから悲鳴が聞こえよったみたいやけど」
愛は人の流れと逆方向に歩いていた。逃げるのに必死な人々は振り向こうともしない。
試しにスキップしてみるが、誰も気付かない。肩より少し長い髪がふわっとゆれる。
昨日のダンス部の部活で練習したクロスウォークでも歩いてみる。
逃げ惑う人々の中、ダンスをしている少女が一人。
なかなかシュールな光景のハズなのだが、誰も気付かない。こうなってくると逆に面白くなってきた。
「本日のダンスバトルの対戦相手は、果たして、ゴブリン君かな!」
上半身をクロスハンドさせて激しく踊ってみる。結構激しいステップなのに誰の注意を引くこともない。
「はあ……、馬鹿らし〜なってきた」
途中から普通に歩き出した。エルデリアで身につけた隠密のスキルがちゃんと働いていることが確認できれば十分だった。
愛の前方から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「踊ってる場合じゃなかった!」
さきほど紗良と話していた時の優しい瞳はそのままだが、眼差しは鋭い。
すでに生徒たちはグランドに避難を終え、廊下には人影が見当たらなかった。途中からは隠密スキルを切って飛ぶように走った。女性の声がしたのはこの辺りのはずだった。
教室の開け放たれた扉から、小さな異形のものが現れた。
人間のような姿をしていたが、身長150cmの愛よりも背が低く、肌の色は緑色であった。顔つきは人間に似ているといえなくもなかったが、口腔には無数の犬歯が並んでおり、眼は濁った、いやらしい黄色い目をしていた。それは3本の指で棍棒をもっていた。
<ゴブリンを確認しました>
愛の耳腔に女性の声が反響した。
「いた。やっぱりゴブリン君だ」
愛にゴブリン君と呼ばれたそれは、愛を見つけると、全身を舐め回すように見て、喜色を浮かべた。
「仲間はいるの?」
「ぐえ! ぐえ!」
ゴブリンは急な動きで愛に棍棒を振りおろしたが、愛は最小限の動きで身をかわし、棍棒が空を切った。
ゴブリンが愛を睨んだ。
愛はにこりと微笑んで、左足を前にだし、スカートの裾を上げ、白い太ももを少し露わにした。
「うっふ〜ん?」
「ぐえ! ぐえ!」
興奮したゴブリンが襲いかかった。
愛は素早く半身になりゴブリンの突撃をかわすと、そのまま左足でゴブリンの足を払った。ゴブリンは襲いかかったそのままの勢いで廊下を転がり、壁にぶつかった。
大きな音がした。
ダメージが大きかったらしく、よろめきながらも、ゴブリンは立ち上がろうとしていた。
愛はゴブリンに近づき、後ろから無造作に、ごきり、と首を捻った。
ゴブリンの四肢は力を失い、糸の切れた操り人形のようにだらりとした。愛が手を離すと、そのまま崩れ落ちた。しばらくすると、ゴブリンの体は輪郭を失い、ぼやけ、消えてしまった。
消えたあとには、黒いモヤのような瘴気が漂っていた。
「浄化!」
愛が瘴気に向かって右手をかざすと、すぐに瘴気が消えた。ゴブリンのいた教室を覗き込むと、男子生徒が床に倒れて呻いているのが見えた。
「男の人だって魔物の被害者なんよ」
その場にはいない友人に問わず語りに答えながら、愛は急いで男子生徒にヒールをかけた。
廊下を警戒しながらも足早に進んでゆくと、再び女性の悲鳴が聞こえた。すぐ近くの教室からだった。教室に飛び込むと、2匹のゴブリンが着衣の乱れた女子生徒を囲んでいた。危ないところだった。
「ぎえ! げー! げー!」
お楽しみを邪魔をされたゴブリン達は闖入者を口汚く罵ったようであったが、部屋に入ってきたのも若い女性であると知り、獲物を値踏みする獣の目で愛をみた。顔を見合わせニヤリと笑うと、これまでにも何度もそうやって人間を襲ったのであろう慣れた動きで愛に襲いかかった。
が、愛の動きはゴブリンの能力を完全に凌駕していた。
ゴブリンが棍棒を振るうと、愛はその動きに応じて身をひいた。ゴブリンが背後に回ろうとすれば、愛はその動きに合わせてゴブリンの位置と入れ替わった。その動きは、まるで異国の舞踊をみているようであった。奇妙な舞踊は5分ほども続いた。ゴブリン達は愛の体に指一本触れることもできなかった。
「うん。こちらの世界でも十分動けてる」
愛は息切れ一つしていなかった。
「ぎえ! ぎえ!」
ゴブリン達は薄気味の悪い声をあげた。愛を罵っているようだった。
「君たちのお楽しみは、これからよ」
愛は黒板を背にして立ち、2匹のゴブリンに微笑んだ。ようやく愛を追い詰めたものと確信したゴブリンが棍棒を振り上げて撲りかかろうとしたその瞬間、
びゅん!
愛の手元から白銀に輝くヨーヨーが放たれ、近くにいたゴブリンの頭部へとぶち当たった。ゴブリンの頭部が爆散した。
もう1匹のゴブリンは何が起こったのか分からず、その場に凍りついた。
「いうたやろ? お楽しみはこれからやけんね」
呆然としたゴブリンの顔面に向けて、愛の手元から再びヨーヨーが放たれた。
「えんじょい♡」
愛がささやくようにいうと、残ったゴブリンの頭部も爆散した。
「ミニバーガーのお味はどうだったかしら?」
愛が残った瘴気を浄化すると女性の声でアナウンスが聞こえた。
<戦闘が終了しました>
<報酬獲得のお知らせです。
3体のゴブリンの討伐を確認しました。
報酬は60ギャラです>
「え、ギャラがもらえるん? やったあ!」
愛は飛び上がって喜んだ。だが、よく考えると現代の日本にエルデリアの通貨ギャラの使えるお店はなく、愛の心のなかだけに存在する貨幣を実在のお金に現金化する手段もないのであった。
愛が「ミニバーガーのお味はどうだったかしら?」といっていますが、興味があれば、本作品の前日譚「愛ちゃんの異世界奮闘記」もぜひご一読ください。
愛ちゃんの異世界奮闘記
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