志津香、エルデリアへ
両親が就寝したのを確認し、志津香は音を立てずに自宅を出た。
6月中旬の雨が降る、風が強い夜だった。志津香は傘をさすと、人目につかない道を選び、せとうち青雲高校へと急いだ。
以前、サキュバスと化した時には2mの高さを軽々と飛び越えて校内に入ることができた。今の志津香には当時のような身体能力はないが、愛と紗良に抜け道を教えてもらっていた。高校に隣接する公園があり、その公園の植え込みの合間からあっけなく校内に入ることができた。
夜の校舎は静けさに包まれていた。愛と紗良から聞いていた通り、体育館へと続く渡り廊下から校舎のなかに入ることができた。保健室の扉の鍵も問題なく開けることができた。保健室の合鍵を入手してくれた国語総合の教師には長めに握手をして上げた。正当なご褒美をあげたと志津香としては思っているし、本人も嬉しそうだったので問題はない。
志津香は音を立てずに扉を開き保健室に入ると、ベッドに横たわり目を閉じた。
志津香は愛が好きだった。
高校に入学した時からずっと気になっていた。同じクラスになった時は躍り上がるような気持ちだった。友達として、いや、友達以上の存在として、常に愛の側にいたいと願った。
それはサキュバスとなり、再び人間へと戻った今も変わりはない。
花梨と明奈が新たに仲間に入った。それ自体は喜ばしいことだったが、志津香の胸には、対等の友人として、自分も愛の側で一緒に戦いたいという強い思いが芽生えていた。
そのためには、異世界に赴き、スキルを取得する必要があった。
授業中に仮病を使って保健室にゆくことも考えたが、それではあからさまに、愛の仲間になりたいという意思表示を、愛の前でしてしまうことになる。それを知った愛はどう思うだろうか。
仮病を使ってまで保健室にいってスキルを身に着けられなかったら?
志津香は愛の対等の友人でありたいと願った。志津香はいつの間にか眠りに落ちていた。
志津香が次に目を開けたとき、そこは保健室ではなかった。天井が近く、古い木造家屋に特有の埃の匂いがした。薄暗い屋根裏部屋のようであった。志津香が身を起こすと、古びたベッドがきしむ音がした。
愛と紗良から聞いていたとおり、ベッドから出てすぐ、階下に降りる急な階段があった。慎重に階段を降りると、階下は食堂であり、開け放たれた木窓から光が差し込んでいた。
「あら、ちょうどいいタイミングで来たのね」
志津香の背後から声が聞こえた。志津香は驚いて振り返った。食堂に隣接する小部屋で女性が事務仕事をしていたようだった。 女性は志津香には50代くらいに見えた。目元に深い知性をたたえ、やさしく志津香を見つめていた。女性は立ち上がり、志津香を迎えた。
「びっくりさせて御免なさいね。あなたは愛と紗良のお友達の志津香ね?」
「はい。こんにちは。志津香です。アキ先生ですね?」
「ええ、そうよ。中に入って」
小さな部屋には壁一面の本棚と机があり、2人が入るには窮屈に感じられた。
「そこに座って」
部屋の隅に小さな丸椅子が一つ置かれていた。志津香が座ると、アキ先生はポットからミントティーのような香りのお茶をいれてくれた。一口飲むと、温かさが体全体に広がり、緊張が和らぐのを感じた。
「さて。志津香がここに来た理由は分かっているつもりだけど、志津香からも聞きたいわ。教えてくれるかしら?」
*****
志津香はこれまでの経緯を説明した。魔物化し人間へと戻ったことを包み隠さず説明し、愛と紗良とともに戦いたいことなどを自分なりの言葉でアキ先生に伝えた。志津香の説明のあいだ、アキ先生は何事かを考えるように目を閉じていた。
説明を聞き終え、アキ先生はお茶をひと口飲んで、志津香に語りかけた。
「志津香は私が知る限りでも珍しいケースなの。瘴気に対し親和性があると同時に、エルデリアのスキル取得にも親和性があるの。このような場合に、エルデリアのスキルを付与した時、どんな事故が起こるのか分からない。最悪のケースとして、ふたたび魔物化する可能性もある。それでも志津香はスキルが欲しい? よく考えて」
志津香にはサキュバスとなった時の記憶が残っていた。愛と戦ったときに感じた感情は悍ましくも生々しい感覚として志津香に残っていた。
「愛とは二度と戦いたくない、だけど……。私がふたたび魔物となっても、愛なら私を止めてくれます。私がそう願うだろうと知っているから。愛にならば、討伐されても後悔はありません。アキ先生、私にも能力を使えるようにして下さい」
アキ先生は人間の短い人生でははかり知れない深い知性をたたえた目でしばらく志津香を見つめ、嘆息し愁眉を開いた。
「そうなのね。志津香はそこまで分かっていて、覚悟ができているのね。……わかったわ。人間のこころには未知の力がある。志津香に、愛を信じる心があれば、きっと上手くいくわ」
志津香はその後の数週間を、アキ先生のもとで、新しく得たスキルとアイテムに習熟するのに費やした。
「志津香、あなたには私にも理解できないスキルがある。そのスキルは念話と相性がとてもいいけど、それ以上のものなの」
志津香は頷いた。阿方の家の女性には不思議な力があり、志津香もその力を濃く受け継いでいた。
「念話は、そのスキルを成長させるのに役立つわ。そのスキルについて私は何も教えてあげることができない。これからの戦いや生活のなかで志津香が自分で使い方を見つけてゆくしかない。だけど、これだけは憶えておいて。そのスキルは愛や地球の人たちを助けるのに絶対に必要になってくるわ」
ある夜、いつものように孤児院の屋根裏で就寝し、目が覚めるとそこはもとの夜の保健室であった。手元のスマホを見ると、保健室に侵入し、目を閉じてから2時間も経ってはいなかった。手にはいつもの日傘を握っていた。
【ステータス】
名前:阿方 志津香
種族:人間
職業:トリックスター
称号:-
レベル:5
体力:40 / 40
チャージ:50 / 50
力:15
俊敏:30
装備:マジシャンズステッキ(R)
スキル:隠密、鑑定眼(小)、念話(小)
マジシャンズステッキ(小)
狙撃 使用チャージ 0
電撃 使用チャージ 0
3点バースト 使用チャージ 10
ここまでお読み頂き、ありがとうございます!
今回のお話、少しでも「いいな」と思ってもらえてたら嬉しいです。
よかったら、ブックマークや評価をポチっとしてもらえると作者の励みになります!
次も頑張ります!




