ダンス部の自主練と爆裂ナックル
6月に入って最初の週末。ダンス部の現役部員達は今治銀座にある志津香の自宅に集まっていた。
志津香の暮らす家は昔から商売を行っているだけあって広く、12畳と8畳の座敷を隔てる襖を取り払ってしまえば、ダンス部の全員が集まることが出来た。
全員、とはいっても2年生が2人、1年生が4人、合計6人のささやかなダンス部である。
車座になった部員を前に、部長である愛が新人を紹介した。新人は他でもない、志津香であった。
「皆さん、阿方志津香さんが新しくダンス部に入部しました。志津香、挨拶お願いします」
体育座りをしていた志津香が立ち上がった。
「阿方志津香です。ダンスは初心者なので、いろいろ教えて下さい。よろしくね」
ダンス部全員が拍手をして志津香の入部を歓迎した。
「では、いつものようにストレッチから」
床の間の上に置いた古いCDラジカセの再生ボタンを押すと、軽快で心地よいユーロビートが流れ出した。当然のことだが、現代の高校生はCDなど持ってはいない。愛の父親の古いCDコレクションからの1枚であった。
(ゴエモンにラジカセを盗まれていなくて本当に良かった)
しみじみと思う。
ゴエモンとは愛の家から架電を盗んでゆく謎の赤毛の猫である。ゴエモンが盗んだ架電をどうしているのかは誰も知らない。
愛は両手を上に上げ、そのまま体を横へ倒す。愛の右横には志津香、更にその右横には紗良が立ち、愛の動きにならって体を横に倒した。1年生部員たちも愛にならう。
志津香は今日が初めての練習である。志津香の様子を見ながら、愛が手を添えて必要な補助を行う。
首を回しながら手首を振る。肩を前後に回す。上半身を十分に温めたら次は下半身だ。畳のうえに座り開脚ストレッチ、ランジの姿勢から、つま先を指で掴んでのヒップフレクサーストレッチ。
最後は仰向けになってのストレッチだ。仰向けになった状態の志津香の傍に愛が両膝をつき、志津香の腕を広げたり、足を曲げたりと補助を行った。
目の前で繰り広げられる極めて健全な光景に、先日のママには言えない治療行為を思い出してしまった紗良が真っ赤になっていた。
「どうしたの、紗良! 顔が真っ赤だよ!」
愛が立ち上がって、紗良の額に自分の額を当てた。
「熱があるよ! 今日は休んだ方がいいかも」
「だ、大丈夫、ストレッチでちょっと体が温まっただけだから……」
「無理しなくていいんだからね。もう、紗良は真面目すぎるよ……」
「……」
愛は心配しながらも元の立ち位置にもどった。
「さて、次、アイソレ、首から行きます」
アイソレーションはダンスの必須技術である。普段のアイソレの練習が本番のダンスを美しくするのだ。体の位置はそのままで、愛は首だけを器用に左右に動かす。ダンス部員全員で首のアイソレを行い、肩、胸、腰と続けてゆく。
「じゃあ、ステップの練習。今日はピーターポールから。わからん子もいると思うから、私のやるようにやってみて。最初はゆっくりやるよ」
10分程度の休憩を挟んだ後に、簡単なステップをいくつか繋げてダンス部らしく音楽に合わせたあとにお開きとなった。1年生達が帰ったあとも紗良、志津香は残ってステップの練習と、今後のダンス部の活動について話し合った。夏のダンス大会、通称ダンスカーニバルに出られるかどうかは依然不透明な状況ではあるが、いま練習しておかないと大会までに仕上がらない時期になっていた。
*****
その日の夜。紗良の部屋。
「いいなあ〜、花梨のスペシャルローリングドラゴン。かっこいいなあ。私もあんな必殺技が欲しいなあ」
「うにゃ」
紗良はベッドに腰を掛けていた。膝には赤毛の猫を抱きかかえていた。この赤毛の猫は半分野良であり、時折こうやって紗良の部屋に出入りしているのだった。
「ねえ、チャールズ君。 なんとかならん?」
「……うにゃ」
紗良は膝の上の赤猫を抱き寄せ、頬ずりした。
「でも、チャージの消費が多いのも、困るんやわ〜」
「……にゃ」
無論、紗良とて、猫がなんとかしてくれるとは思ってはいない。ただの愚痴である。
「爆裂右ストレート、連発すると、すぐに弾切れになるし〜」
「……」
「すぐにピンチになってしまうんよ〜」
「……」
「幼馴染の男子に自分の身を大事にしろって、言われたんよね〜、うふ」
「……」
かれこれ、こんな感じで既に1時間以上も、愚痴だか惚気だか分からない話を、赤猫を相手に話し続けていたのであった。逃げようにも、紗良にがっちりとホールドされて逃げられなかった。
赤猫の耳がイカ耳になっていた。
「あーそろそろ、宿題しなきゃなあ……」
「うにゃ!」
「でもサボろうかなあ……」
「……」
お腹の部分の柔らかな極上の毛質を堪能しようと紗良が赤猫を持ち上げたとき、ついに赤猫は脱走した。紗良の腕から逃れると、一目散に開け放たれた窓から外に出て行ってしまった。
「ちょっと、チャールズ、どこ行くん〜」
赤猫に愛想を尽かされてしまった紗良は仕方なく、椅子に座って宿題を始めた。
宿題を始めてから1時間半ほどたったくらいであろうか。
ごとり
と、金属の塊が紗良の机の上に置かれた。金属の塊の後ろには、赤猫がエジプト座りをしていた。
「え、なにこれ?」
「うにゃあ」
紗良がじっと赤猫の目をみた。赤猫もじっと紗良を見返した。
「これ、くれるの?」
「うにゃあ」
くれるらしかった。机の上に置かれた金属の塊には、4つの穴があいており指を通して握れるようになっているのが直感的にわかった。右手につけてみると、紗良の目の前にステータスウインドウが現れた。
【ステータス】
名前:宝来 紗良
種族:人間
職業:拳闘士
称号:-
レベル:6
体力:80 / 80
チャージ:80 / 80
力:35
俊敏:60
装備:爆裂ナックル(UR)
スキル:隠密、暗視
爆裂拳(中)
爆裂右ストレート、使用魔力10
爆裂左フック、使用魔力10
ヒール(小)
浄化(小)
*****
翌日の教室にて。
「というわけで、チャールズ君にもらったのが、この爆裂ナックル!なんと、消費チャージがゼロ!」
と、愛と志津香と花梨を前に、紗良が嬉しげに語った。
(猫って家電を盗む生き物なんじゃないの?)
(あ〜なんか急に猫吸いたくなってきた)
(猫におねだり……やってみるか)
3人の思いは様々であった。
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