閑話:2人ぼっちのエルデリア(2)
「じゃあ紗良も英語の時間に急に気を失って、気がついたらエルデリアにいたってこと?」
「うん。でも、だ〜れもおらんけん、貸し切りじゃん!って思って高級ホテル勝手に入って寝泊まりしよったんよ」
「ええ〜。そうだったん?」
「けど、話せる人おらんから、ちょっとキツいなって思い始めたところに、愛が颯爽と登場したんよ!」
「颯爽とは登場しとらんよ〜」
「いや、マジで嬉しかった」
愛と紗良は常に2人で一緒にいることにした。2人でいれば寂しくはなかった。
ある日、孤児院の食堂で、紗良は愛に聞きたかったことを思い切って尋ねた。
「魔物と戦いよったこと、なんで黙っとったん? 友達やのに水臭いよ」
「紗良を危険に巻き込みたくなかったし、エルデリアに転移したの、私だけやと思っとったんよ」
「せめてうちにだけは言うてくれてもよかったやん。親友やん」
思えば、この友人は愛が幼少の頃から、常に自分が不安な時には必ずといってよいほど側にいてくれ、寄り添い、助けてくれた。
愛は親友を信じることができなかった自分を恥じた。紗良の自分に対する思いの発露に、うつむいたまま、言葉を返すことができなかった。
無言でままうつむいている愛に、紗良がいった。
「セリヌンティウスよ、私をなぐれ!」
「え??」
「私は君をいちどだけ疑った。なぐれ」
愛は笑った。この友人はどこまでも自分と対等でいようとしてくれて、その上で愛を許そうというのだ。
愛は笑って泣いた。泣きながら答えた。
「メロスよ、私をなぐれ!! 私も君を疑った!」
2人は泣きながら抱き合った。
しばらくの抱擁のあと、2人は少し気恥ずかしくなって身を離した。愛は紗良にはすべて話すべきだと思った。
「私が魔物と戦おうって思った理由は知っとるよね?」
「世界を守って、ついでにダンスカーニバルに出て青春を満喫することやろ?」
「実はもうひとつあるの。聞いてくれる?」
「きく!」
「うちのお婆ちゃんのこと、憶えとる? 紗良も子供の頃、会ったことあるよね」
「憶えとる。いつもお菓子くれた優しいお婆ちゃんやったね」
「そうそう、そのお菓子のお婆ちゃん。
小学校4年のときに、お婆ちゃん亡くなったんやけど、その少し前に、お婆ちゃんがこんな話をしたの。
自分が若い頃は不思議な力が使えた。不思議な力を使って魔物を退治しとったんやって」
紗良が驚いた声で答えた。
「ってことは、、お婆ちゃんもうちらと同じようにゴブリンと戦ってたってこと?」
「そうなんやと思う。私、その話を最初に聞いたとき、お婆ちゃん、とうとうボケたって思ったんよ」
愛は思い出すように話を続けた。
「お婆ちゃんがね、今では力がなくなって、力が使えたこともすっかり忘れとったけど、
先日、昔の友だちに会って思い出したって。その友だちといろんな話をしたんだって」
紗良は頷いて先を促した。愛が不思議な話を続けた。
「その友だちにも不思議な力があって、戦争中に3回めの空襲で亡くなったお婆ちゃんのお姉ちゃんは、遠い世界でまだ生きているって教えてくれたんだって。魔物の退治を続ければ、きっと生きて帰ってくるって」
3回目の空襲といえば、この地域では終戦間際の今治空襲のことだった。当時、アメリカ軍は日本の継戦能力を失わせるために日本の各地方都市に爆撃を繰り返していた。
今治もアメリカ軍の空爆目標のひとつであった。
8月5日から6日未明にかけて、アメリカ軍はなんらかの理由で今治に日本軍の航空基地があると信じ込み、60機以上のB29が爆撃を行った。死者は454名、罹災者は34200人以上という痛ましい出来事だった。愛も紗良も小学校の郷土史の時間に教わって知っていた。
「愛のお婆ちゃんのお姉さんって、、生きていたら90歳くらい?」
「うん。だから、変な話やろ?」
しばらくの沈黙のあと、愛が続けた。
「お婆ちゃんがね、その友だちが私にも不思議な力があるって、いったんやって。
それで、近いうちに魔物が現れたら、自分の代わりに魔物退治を続けてほしい。
お姉ちゃんが帰ってくるのを助けてあげて欲しいって」
愛がひと呼吸をおいて続けた。
「お婆ちゃん、泣いとったんよ……。
お婆ちゃんが泣くとこ見たん、そんときが最初で最後やった」
優しい声で紗良が尋ねた。
「愛は、お婆ちゃんになんて返事したの?」
「わかったよって。魔物は私が退治するから安心してって答えた。
その時は、お婆ちゃん、ボケてると思ってたから。」
愛は笑いながら続けたが、その笑みは少し自嘲気味であった。愛はうつむいた。
「もっとお婆ちゃんの話を真剣に聞いてあげればよかったって、ずっと、後悔してる」
紗良は愛を抱きしめた。
「愛、それは自分責めすぎ。そんな話、信じられる人おらんよ。
それにお婆ちゃん、愛の返事を聞いて、絶対嬉しかったと思うよ」
愛は顔を上げた。紗良の目をみて答えた。
「ありがと。だけど、お婆ちゃんとの約束は守りたいんよ。
ほんとにお婆ちゃんのお姉さんが帰ってくるかは、わからんけど」
「私も手伝う。いっしょに頑張ろう」
「ありがとう。紗良!」
2人でいれば何でもできる気がした。愛と紗良は笑って頷きあった。
愛と紗良はエルデリアで2人ぼっちだった。2人は長い時間をともに過ごし、語り合った。
「私達、捨て猫みたいだね」
紗良が愛の肩にもたれかかり、目を閉じた。
「エルデリアの捨て猫だ……」
「私……、紗良といっしょなら、ずっとこのまま……」
愛が自分の額を、紗良の額にそっと当てた。
そのとき!
「あら、あなたたち、こんなところにいたのね。探したわよ」
突然、背後から女性の声が聞こえた。2人は急いで身を引き離した。
愛も紗良もよく知っている声であった。驚いて振り返ると、食堂に隣接する小部屋にエルデリアの賢者であるアキ先生が微笑みながら立っていた。
「お邪魔だったかしら?」
「「アキ先生!」」
「2人いっしょにいるとは思わなかったわ。ほんとに仲がいいのね」
「誰もいないから、どうしようかと思ってました」
「もっと早く来れなくて御免なさいね。これほど影響があるとは予想外だったわ」
「予想してたんですか?」
「まあね。いろいろと聞きたいこともあるとは思うけど、そのうち教えてあげるわ。
まずは、あなた達の世界に返してあげないと。お友達も心配してるようだし」
アキ先生は2人についてくるようにいうと、2階の屋根裏部屋へと移動した。
「2人とも、ここで横になって目を閉じて」
愛と紗良は促されるままに、ベッドに並んで横になった。紗良はすぐに目を閉じたようだった。目を閉じる前に、愛は気になっていたことを尋ねた。
「アキ先生、私の祖母、波方洋子のこと、ご存知ですか」
「もちろん。あなたのお婆ちゃんとはずっと以前からのお友だち。
愛に才能があるって知った時、洋子はすごく喜んでいたわ。
その話はいずれ教えてあげるから、今は目を閉じなさい」
愛はもっと話を聞きたかったが、急激な眠気に、目を開けていることができなかった。
*****
愛が目を覚ました。明るくて清潔な室内が目に入った。せとうち青雲高校の保健室であった。
周囲を見渡すと、隣のベッドでは紗良が上半身を起こし、辺りを見回しているところであった。ベッド脇の椅子には同じクラスの志津香が座っていた。
「波方さん、宝来さん。大丈夫? 動かないで、そのままでいてね。すぐに先生呼んでくるから」
志津香が保健室を出ていった。紗良が壁にかかった時計を見ながら呟いた。
「へんな夢みてた。エルデリアに誰もいなくて、愛とずうっと、2人ぼっちなの」
「夢じゃないよ、メロス」
花が咲くように愛が笑った。




