VS サキュバス(3)
未明の雨が嘘のように晴れ上がり、気持ちのよい朝を迎えた。空気が透きとおって天が高く感じられる朝だった。小学生達はじゃれ合いながら、生徒達は笑い合いながら、それぞれに爽やかな朝の空気の中を登校していた。
「おっはようー!」
「紗良、おはよう〜」
紗良が愛の隣に並んだ。
「むっちゃ眠い〜」
「どうして? 昨日は魔物おらんかったけん、すぐ帰ったやん?」
2人は私立せとうち青雲高校の夜のパトロールを続けていたが、昨夜は魔物がいなかった。実際には、志津香が全て倒した後だったのだが、このときの2人は知るよしもなかった。
「スマホ見てて、気づいたら1時過ぎとった」
「何をそんなに熱心に見とったん?」
紗良が目を擦りながら答えた。
「闇の代弁者の書」
「何それ?」
愛が大きな目をパチクリさせた。紗良が説明を続けた。
「誰のアカなのかは分からないんやけどね〜。最近頻繁に更新されてて。なんかセンスが秀逸で、見始めたら止まらんくなって」
「へー。どんな感じなん?」
紗良が不意に立ち止まった。広げた右手を顔の前にかざし、謎の呪文を唱えだした。
「我、闇より訪れしものの代弁者なり。この世の心弱きものをあまねく救済す。心弱きものよ、我のもとに来たれ。闇のデーモンとなり、ほめよ、讃えよ、闇を」
少し気まずい沈黙があった。足元に鳩が来て何かを啄んでいた。
「……ある意味、ちょっと怖いかもしれん。でも最後の方、なんか昔の合唱曲みたいで、いいね……」
「私も闇のデーモンになろうかな〜」
「えー、ちょっとやめてよ〜」
2人が再びあるきだすと、背後から女子生徒が声を掛けた。
「愛、紗良、おはよう〜」
「おは……、え?」
阿方志津香であった。一晩で志津香の印象は一変していた。髪は昨日の朝より明らかに伸びていた。人間の毛髪の成長速度を上回って伸びていた。
後ろ髪は肩を越え、前髪は眉毛を超え、触覚ヘアは校則を軽く超えていた。睫毛は伸び、目は大きくなり、唇がより赤く、ふっくらとしていた。
スカートは短くなっていた。
「志津香、なんか最近イメージ変わった?」
「何も変わらないよ。ウフフ」
「なんか、急に小悪魔っぽくなっとらん?」
愛は戸惑いの表情だ。
「そんなことないってば。それより何の話してたの?」
愛の隣に志津香が並んだ。
「えっと、、闇のデーモンの話?」
「……ふ〜ん。最近流行ってるらしいわよ」
「え??」
志津香が右手で後ろ髪をかきあげると、ピンク色のうなじが見えた。紗良は同性なのになぜか恥ずかしくなって、顔をそむけ、前方に集中するふりをした。
*****
3人は教室に入った。ここでも志津香の豹変ぶりに女子は戸惑い、女子の一部と男子の全員は胸の高鳴りを抑えることができなかった。
始業のチャイムがなった。1時間目は国語総合の時間だった。
「これ宿題でも出したけど、李徴が虎になった理由、答えられる人?」
「はい」
志津香がすぐに手を挙げた。意外な人物の突然の挙手に、教室の注目が集まった。
「……はい、阿方さん」
「先生……、李徴は、闇のデーモンになったのです」
間。
「阿方さん、あの……」
「前回の授業で先生に教えて頂いたように、第1段落の終わりに「闇の中へ駆け出した」とあり、第6段落には「声は闇の中からしきりに自分を招く」とあります。これは李徴自身の心の闇を表しています。 また、李徴の詩作への情熱と狂気は、芸術のデーモンに取り憑かれたということができます。したがって、李徴は闇のデーモンになったのです」
間。
「阿方さん、すごくいい観点だと思います。だけど」
「李徴は、彼を苦しめてきた人間性を放棄し虎となり、闇のデーモンと一体となることで、最終的な救済を得たのです!」
教室中が静まり返った。
「いや、阿方さん、前半は良かったよ、だけど後半は」
「後半は先生へのメッセージです!」
「え、僕?」
国語総合の教師は完全に呑まれていた。
「はい。先生はお仕事をしていて、辛いと思われたことはありませんか?」
「それは……」
「先生はすごく真面目に、とってもわかり易く授業を教えてくださっています。それなのにスマホをいじって授業を真面目に聞こうとしない生徒や、魔物の発生で予期しない授業の中断。とってもお辛いでしょう?」
志津香は国語総合の教師の目をじっと見つめた。目と目が合った。
トゥクン
国語教師の瞳孔が大きく開いた。
「先生のように真面目な方こそ、闇のデーモンとなって救済されるべきです」
志津香は席についた。が、すぐに立ち上がり、
バンッ
と机に手をつき、クラスを見渡した。クラス全員が驚いて志津香を見た。志津香は生徒のひとりひとりの目を見つめていった。
トゥクン
生徒たちの心に志津香が侵入していた。
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