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本音。  作者: 外野透哉
8/17

第八通「件名:友達でいてくれてありがとう」

 静まり返った教室の中心で、

 高石 美里はゆっくりと息を吸い込んだ。


 その胸の上下は小さい。

 けれど、止まりかけた時間を無理やり動かそうとするような、

 不自然な静けさがあった。


 指先はわずかに震えている。

 だがスマートフォンを握る力だけは強く、白くなるほど力がこもっていた。


 視線は画面に落ちたまま。

 周囲の誰一人として、

 今の彼女に声をかけることができない。


 やがて――

 小さく唇が開く。


『件名:友達でいてくれてありがとう


美里は、一年の時に初めてできた友達。だからいろんな思い出がたくさんあるね。美里は、どんな時でも私に話しかけてくれたよね。

おかげで私は孤独じゃなかった。ありがとう。幸せにね。』


 言葉は、驚くほど穏やかだった。

 責める響きも、恨みもない。

 ただ静かに置かれた、感謝だけの文章。


 それなのに――


 読み終えた瞬間、

 教室の空気はさらに重く沈んだ。


 救いではなく、

 逃げ場のない何かを突きつけられたような感覚。


 美里は顔を上げない。

 呼吸の音だけが、かすかに聞こえる。


 沈黙。

 長く、鈍い沈黙。


 やがて――


「これでも……親友じゃないって言える?」


 掠れた声だった。

 強がりにも、懇願にも聞こえる。


 肯定してほしいのか。

 否定してほしいのか。

 きっと本人にも分かっていない。


 誰も答えない。


 その静寂を――

 軽く踏み抜くような声が落ちた。


「向こうはどうかなぁ?」


 窓際。

 神崎 碧。


 何気ない調子。

 だが一瞬で、

 教室の温度が下がる。


「瀬戸さんの方は、君のこと、親友とは思ってないんじゃない?」


「はぁ?」


 美里の顔が跳ね上がる。

 怒りと困惑が混ざった目。


 だが碧は止まらない。


「少なくともその文、どこにも『親友』とは書いてないよね?

 あくまで『友達』だよね?」


「そんなのたまたまでしょ!?」


 声が裏返る。

 感情が、抑えきれず溢れる。


 その声を、

 碧はわずかに強めた声で塗り潰した。


「気づいてたんじゃない?」


 静かなのに、

 妙に響く声音。


「は? 何に」


 低い問い返し。

 教室の空気が張り詰める。


 碧はほんの少しだけ、口角を上げた。


「君、瀬戸さんのこと、親友だなんて思ってないよね?」


 凍結――


 時間が止まったみたいに、

 誰も動かない。


「あんたに何がわかんの!?」


 悲鳴のような叫び。


 それでも碧は、

 感情を乗せず続ける。


「利用してるだけでしょ? 瀬戸さんの()()()


 ざわり、と

 見えない波が教室を走る。


「スクールカースト上位の瀬戸さんと仲良くしておけば、自分も上位になった気分になれるもんねぇ」


 残酷なほど淡々とした言葉。


 視線が、

 ゆっくりと美里へ集まる。


 疑念。

 動揺。

 そして、覗いてはいけない本性を

 覗いてしまったような不安。


 美里の肩が震える。

 俯いたまま、顔は見えない。


 だが碧は止まらない。


「瀬戸さんは君にそう見られてるって気づいてたんじゃない?

でも優しいから、気づかないふりをしてくれてた。どう?」


 沈黙。


 時計の針の音さえ鮮明に聞こえそうな静けさ。


 誰も息をしない。

 そんな錯覚。


 もうやめてくれ――


 珠紀の胸の奥で、

 言葉にならない感情が渦巻く。


 けれど声は出ない。

 出せない。


 やがて。


 美里の震えが、

 すっと止まった。


 ゆっくりと――

 顔が上がる。


 その瞬間……

 クラス中が息を呑んだ。


 涙で濡れているはずの頬。

 なのに――


 口角だけが、

 不気味に吊り上がっている。


 壊れた仮面。

 貼り付いた笑み。

 温度のない表情。


「……大正解」


 重い声。

 教室の隅まで届く。


 背筋に、

 冷たいものが走る。


「私はね、まさに"良い子"みたいな奴が大っ嫌いなの」


 空気が凍る。


 誰も動けない。

 誰も言葉を持たない。


 その瞳には、

 もう涙はなかった。


 代わりにあるのは――

 底の見えない、乾いた闇。


 珠紀は理解する。


 これは口論なんかじゃない。

 ただの感情の衝突でもない。


 崩壊だ。


 美月の死を境に、

 隠されていた本性が

 一枚ずつ剥がれていく。


 止める術はない。

 戻る場所もない。


 教室の中心で、

 歪んだ笑みだけが静かに広がっていく。


 まるでここが――

 もう後戻りできない場所だと

 告げているみたいに。

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