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本音。  作者: 外野透哉
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第四通「件名:心配してくれてありがとう」

 翌朝。

 重たい空気を引きずったまま、3年1組の一日は始まった。


 教室の扉を開けた瞬間、珠紀はわずかに息を詰める。

 昨日と同じはずの光景――並んだ机、差し込む朝の光、ざわめく声。

 それなのに、どこか決定的に違って見えた。


 ――戻れないんだ……


 何に、とは自分でも分からない。

 けれど確実に、昨日までの「普通」は遠ざかっている。


 やがて、誰からともなく始まった。

 また――美月のメッセージの開示が。


 最初に立ち上がったのは、中野(なかの) 奈緒(なお)だった。


 手にしたスマートフォンを胸の前で握りしめ、

 一度だけ深く息を吸う。


 その横顔は、どこか怯えているようにも見えた。

 まるで、この文章を読むことで何かが壊れてしまうのを分かっているかのように。


『件名:慰めてくれてありがとう


テストの成績が伸び悩んでいる時、奈緒ちゃんが慰めてくれたから頑張れた。本当にありがとう。』


 読み終えたあと、奈緒はゆっくりとスマートフォンを下ろした。

 唇をきゅっと結び、俯いたまま動かない。


 その肩が、わずかに震えているのに珠紀は気づいた。


 教室には、柔らかいはずの感謝の言葉だけが残る。

 けれど――温かさよりも先に、言いようのない重さが胸に沈んだ。


 ――どうして……


 誰も口にしない疑問が、静かに積もっていく。



 そのまま授業が始まった。

 教師の声は黒板の前で淡々と響くが、

 内容はほとんど頭に入ってこない。


 ノートを取る手は止まりがちで、

 時計の針だけがやけに大きく進んでいく。


 視線を上げれば、

 ぼんやりと前を見つめるクラスメイトたちの顔。


 誰もが同じ場所にいながら、

 別のことを考えている。



 そして――終礼。


 静まり返った教室に、

 ためらいのない声が落ちた。


「あ、なあ久遠、この際だから教えろよ、なんて書いてあったんだ?」


 太一だった。


 軽い口調。

 けれど、その一言は確実に核心へ触れていた。


「俺じゃなくてもいいだろ!?」


 成弘は即座に返す。

 声がわずかに上ずっている。


「わっかりやすいくらい焦るね」


 美里が、冷たく言った。


 視線が細くなる。


「なんでそんなに焦ってるの?」


 静かなのに、逃げ場を与えない声音。


「あーもう!読むよ!」


 成弘は苛立ったようにスマートフォンを開いた。

 指先が小さく震えている。


『件名:心配してくれてありがとう


久遠君は、みんなの財布を心配してくれてたよね。

誰かがお金を払おうとしてたら、久遠君が「俺が出すよ!」って言って払っていたりしたよね。

本当に優しくて、良い人だと思ったよ。』


 読み終えたあと、

 成弘は強がるように顔を上げた。


「別に、そんなに隠す必要なくないか?」


 太一が言う。


「そうだよ!別にやましいことは何もないよ」


 成弘のその言葉は、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


 しかし――


「思ったんだけどさぁ、それ、そのままの意味なのかなぁ?」


 そこに、碧の声が静かに差し込む。


「どういうこと?」


 美里が眉を寄せる。


「いやだってさぁ、普通に考えれば、追い詰められて自殺した場合、自分を死に追いやった奴らに感謝のメッセージなんて残す?」


 空気が凍った。


「僕だったら感謝なんて述べないね」


 淡々とした断言。


「つまり、何が言いたい」


 慎司が低く問う。


「その『みんなの財布を心配してくれてたよね』って……

 『盗る機会をうかがってたよね』とも解釈できない?そう、皮肉だよ」


「はぁ!?俺が財布を盗る機会をうかがってたって!?なんの証拠があって!」


 成弘が叫ぶ。


「クラスから生徒の財布が無くなる事件、あったよねぇ」


 遮るように声を張った碧のその一言で、

 成弘の体がびくりと震えた。


「財布窃盗事件……あれ……」


 碧は、ゆっくりと指を向ける。


「久遠、君でしょ?」


「なんで俺なんだ!」


「あの時、実は見ちゃってさぁ。

 本当は黙っといてやろうかと思ったけど、

 こうなったんだからこの際言ってしまおうと思ってさ」


 沈黙。


 逃げ道は、もうなかった。


「……そうだ……俺だ……俺が盗った……」


 その瞬間、教室が爆発した。


「嘘だろ……」


「サイッテー……」


 罵声が飛び交う。

 視線が突き刺さる。


「金に困ってたんだ!」


 成弘は叫ぶ。

 だが、その声に同情は混じらない。


「お前が見せたくなかった理由って、これか」


 太一の低い言葉。


 誰も、もう成弘を見ようとしなかった。


 珠紀の胸の奥で、

 何かが静かに崩れ落ちる。


 ――これが……始まりなのか……


 優しかったはずの教室。

 笑い合っていた日常。


 その表面が、

 少しずつ剥がれ落ちていく。


 美月の残した言葉は、

 感謝なんかじゃない。


 きっと――


 これは、告発だ。


 静まり返った教室の中心で、

 誰にも聞こえないまま。


 崩壊は、もう止まらない。

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