20 グレイ伯爵家
「こんにちは〜、シルク商会です」
グリヴェールの町に着いたディオたちは、声がかかっているグレイ伯爵家を訪れていた。
事前に睡眠をとったディオは元気いっぱいに声を出す。
「ようこそ、いらっしゃいました!シルク商会様」
来客の対応をするグレイ伯爵家の使用人たちはお待ちしていましたとニコニコと愛想よく笑ってディオたちを歓迎してくれる。
ディオたち商人一行をみてほぅとため息をこぼした使用人たちは小声で騒ぎ出し何処かへと急ぎ足で去っていく。
使用人の後をついていくディオたちは、長い廊下を歩きながら失礼にあたらない程度に廊下を観察する。
それだけでも得られる情報というのはあるものだ。
お世辞にもあまり素晴らしいとは言えない掃除ぶりで、到底プロの仕事とは思えないほどで、シンプルな作りの屋敷の中には極端に目立つ調度品が飾られている。
仮にも伯爵家に仕える使用人の仕事とは思えないほどで、シドとトリスは目配せをして顔には出さずその不信感を共有した。
「こちらの部屋です」
案内をしていた使用人が足を止めて扉を開ける。
用意された部屋はかなり広い部屋で、ディオたちが運んで来た商品を全て広げることができそうなほどだ。
「ベアトリーチェ様、シルク商会の人たちです」
「そう、ありがとう」
キツイ目をした、赤い爪が目につく女は使用人に声をかけられてそう言った。
すぐにそばには彼女の娘だろうピンクの髪をした女の子らしい少女がいた。
ディオはベアトリーチェと呼ばれた女をみて一瞬キョトンとしたもののすぐに切り替えてニコリと愛想よく笑って挨拶をする。
「グレイ伯爵家の方に声をかけて頂けるとは光栄です」
「いい商人がいるのなら呼びたいと思うじゃない」
「ありがとうございます」
ディオは礼をいうとシドたちに声をかけて商品を並べる。
今日は初めてくる家なので持ち込んだ商品は多めで、これでお客の大体の好みを把握する必要がある。
ベアトリーチェと質のいいものやシンプルなものには一切興味を見せず、華美な装いのものばかりを選んでいた。
彼女の買い物が終わると、ディオたちは使用人に対しての商売に移る。
これはディオたちからその家の主人たちに提案しているもので、なかなか休みの取れない仕事につく使用人たちへの労いを込めてやっているものだ。
慈愛の心を持つ主人ならば、買い物を許すばかりか特別手当てだと僅かながらと使用人にお小遣いを渡す人までいる。
使用人たちでも無理なく買える品を揃え、ちょっとした遊びを成功すれば値引きなんかもしている。
まあ、ベアトリーチェが使用人への買い物を許したのは労いではなく、優越感に浸りたいといった感じではあったが。
もしかすると彼女は伯爵に見初められてこの家にきたのかもしれない。
そんな風に思いながらディオは使用人たちの買い物の様子を見ているとベアトリーチェが使用人の服を着た少女を呼んだ。見習いだろうか。
何を話しているかは聞こえなかったが、あまりいい雰囲気ではない。
真っ赤な爪が目立つ手を少女の頰に当て、怒りに目を細めるベアトリーチェは鋭い声を出し、彼女の娘は愉快そうにバカにするかのように笑っていた。
少女が拳を握りしめた時、ディオはベアトリーチェに底抜けに明るい声音で声をかけて、意識を自分に向けさせる。
「おや、奥様にはそういった趣味があるんですね。よければ観賞用奴隷を扱う奴隷商人を紹介しますよ」
奴隷といっても、昔ほどひどい扱いは今はされておらず、買われたときに決められた年数だけそこで働けば、後は自由に生きていける。
なので、観賞用奴隷は来客の対応をさせるというのが使い道になる。
人に見せびらかすための使用人といった感じで、まぁ一種のステータスである。
「それもいいかもしれないわね」
「その時はお声がけくださいね。大抵のものなら用意をしてみせるんで」
「考えておくわ」
それからディオは少女に声をかける。
「今、値引きチャレンジをやってるんだけどやってみない?」
「いえ、わたしは――」
見ているだけと一歩引く少女にディオは遊びの一環だからといって、ベアトリーチェは言外にやれと少女に声をかけた。
「ルールは簡単。並べられた商品の中から一番高いものを当てるだけ。買う買わないは関係なくて遊びの一環としてね。今日は大人向けばかりだったし、子供の目は鋭いっていうからさ」
「あら、やってみなさいジェーン。楽しそうだわ」
「私もやってみたいわ」
ベアトリーチェの娘もやってみたいと言い出したので、ディオは使用人の少女にお手本を見せてあげてと先にやるように指示をする。
ディオはトリスに声をかけ、髪飾りを少女二人に見せると正解したらプレゼントすると言った。
ディオの視線は、ベアトリーチェの頭と娘のペンダントに一瞬だけ動いたが誰も気がつかなかった。
彼女はしばらく悩んだものは一番安い品だったがディオは嘘をついて二番目に高いものだといい、アルドはその様子を冷めた目で見ていた。
使用人の少女は少しだけ悩んで、伸ばした手を引っ込めて別の品を指差した。
それはまるで何か遠慮しているようだった。
使用人たちの買い物の終わり、浮かれ騒ぐ使用人たちをよそにディオたちは商品を片付けると挨拶だけして帰るために玄関に向かった。
誰も見送りにこないと思っていると使用人の少女が一人見送りにくる。
少女は周囲を警戒しながらディオたちに指輪の換金を頼んできてディオはそれを快く引き受けると、先ほどのゲームの景品にしていた髪飾りを銀貨と一緒にカトリーに握らせる。
「え?わたしは……」
「エメラルドのブローチで正解。場を読んだ貴女は間違いを選んだ。それに、まぁ、うん」
何かを言いかけてやめたディオは、勝手に一人納得をするとさっさと馬車に乗り込み、馬車はグレイ伯爵家を後にした。
この辺りの話は『明るい復讐計画』とかぶる部分です。




