白のプロローグ:Ⅲ
「生命線……?」
何処か得意げな顔で白黒の植物を指し示し、『イブリスさんの生命線だ』と言い放ったルベイルさん。私はその言葉を聞いて、改めて植物をまじまじと見つめてみる。
確かに見たこともない不思議な植物だけれど、色以外は普通の植物とそんなに変わらないように見える。少しだけ触ってみても、"葉っぱ"はよく知っている"葉っぱ"の感触だ。
一体この植物とイブリスさんにどんな関係が……?
「それじゃあとの解説は頼んだぞい、ヒヨッコ」
「僕に丸投げか!?」
植物を見て悩む私の横で、ふたりがそんなやり取りを繰り広げている。
目を丸くして迫るラディスさんに、それを気にもとめずに閉じた本を再び開くルベイルさん。あ、煙管に火までつけだした。完全に自分の世界に入る体勢だ……
「ヒヨッコ……主様が……」
「気にしないでくれフロワ、そう呼ばれるのはもう慣れっこだ……」
ラディスさんはハァ、と大きめのため息をつくと、ルベイルさんが持ってきた煙草の箱をひとつ手に取って私たちに向き直る。
「まあいいさ、いつものルベイルらしくて安心だ。さて、2人ともこの箱には見覚えがあるね」
「……イブリス様が吸われていた煙草のように見えますが」
「そう。実はこの煙草、ルベイル特製だ」
「えっ!? そうだったんですか!?」
驚く私の声に、ルベイルさんが咥えた煙管が得意げそうに揺れる。
思えばイブリスさんが街の煙草屋で買い物をするところを見たことがない。それにここに宿泊した日の朝にイブリスさんとルベイルさんがなにかやり取りしているのを見たこともあった。まさかここで煙草を買ってるなんて夢にも思わなかったけど……
なにせこの宿で煙草を売ってるなんてどこにも書いてないし、ルベイルさんからそう言われたこともないんだから。……いや、私みたいな子供に言うこともないだろうけれど。
「この煙草はルベイルからしか買えなくてね。……いや、正確に言えばルベイルしか作れないと言うべきか……」
「……なるほど。理解しました」
フロワちゃんが一歩前に出た。
「つまりその植物は……イブリス様の煙草を作るために必要な原料なのではないですか?」
「流石だフロワ。察しが良いね」
微笑みながら頷くラディスさんに、フロワちゃんは丁寧なお辞儀で返す。
「え、えっ!? この木が、煙草の……?」
私はまた植物をまじまじと見つめてみる。私だって煙草が木の葉っぱから作ることくらい知っているけど、流石にこんな見たこともない木から作られるとは信じられない。
「ちょいと葉を乾燥させて刻んだもんを紙に撒いてやるんじゃよ。まあその木は普通のタバコの木とは違うがね」
「なんだか……不思議な感じのする木です」
私はそっと葉っぱを触ってみる。……触感は特に変わった事もない、普通の葉っぱだ。普通過ぎて混乱してしまいそうなくらい。色以外は特に変わったところはないようだけれど……
続いてフロワちゃんも触ってみようと私の隣まで来ようとするけれど、その瞬間ラディスさんが彼女を遮った。
「一応、貴重な植物なんだ。あまり触りすぎないようにね」
「あ、は、はい! ごめんなさい!」
私は慌てて手を放す。やっぱり、見たこともないだけあって貴重なんだ。
「それで、これがイブリスさんの生命線ってどういうことなんですか?」
「……この木にはね、とても濃い白の魔力が宿っているんだ」
「魔力? 木にですか?」
私は目を閉じて木に意識を集中させてみる。……うん、わかんないや。
「知っての通り、悪魔は濃い白の魔力でダメージを受ける。この木で作った煙草は白の魔力を吸うようなもの……悪魔に対する特効薬と言ってもいい」
「えっと、つまり……イブリスさんがこの煙草を吸ってたってことは」
「白の魔力を摂取させることで統率者の人格を押さえ込んでいた。ということでしょうか」
「――!」
フロワちゃんの鋭い指摘に、一瞬、嫌な沈黙が訪れる。
「私たちはあの時、統率者と呼ばれるイブリス様を見ました。この煙草の事を彼の生命線と言うのなら……やはり、イブリス様の正体は統率者なのですか?」
「違う」
冷静に、淡々と述べられたフロワちゃんの言葉は、ラディスさんがキッパリと否定した。
「確かに、この煙草は統率者を抑え込むために吸わせていたものだし、イブリスの中に統率者が存在するのは確かだ。だが、それは決して彼自身じゃあない。だからこそ……これが必要なんだ。今イブリスが持っている分もすぐに尽きる。急がないと……イブリスが本当に統率者になってしまう」
「ラディスさん……」
ラディスさんは俯き、何かをこらえるように握り拳を作る。その手は震えていた。
「……行こう。そろそろ時間だ」
震えを押さえたラディスさんは大きく深呼吸をして顔を上げ、煙草の箱をいくつか鞄に詰め込む。そしてルベイルさんにひと言挨拶をすると、真っ直ぐに宿の出口へと向かって行った。
「あ、ラ、ラディスさん! 待ってください! ルベイルさん、それじゃあ……またいつか!」
「お世話になりました」
「おぉ、何時でも来るんじゃぞ。宿に金を落としてくれるなら大歓迎じゃ」
全く、この人は。
私とフロワちゃん、2人ともルベイルさんに挨拶をして、ラディスさんに続き宿を出ていく。
なんだか慌ただしい別れになってしまったけれど、それが余計に私を奮い立たせた。なんとしてもイブリスさんを連れて帰って、またこの宿に泊まるんだ。
――でも、カイリさんに記憶を消されなかっただけじゃなくて、あんな植物まで栽培しているなんて。ルベイルさんって、本当に何者?
* * *
その少し後。アヴェントの街の馬車乗り場。
「それじゃあ、後は頼んだよ。くれぐれも油断はしないでくれ」
『はい、何としても裏切り者を見つけ……』
『あい・あい・さー! だぜ聖剣さん』
『お前は黙っていろ!』
……馬車の時間になるまでの少しの待ち時間で、私はルツァリさん(と、割り込んだカイリさん)と伝達魔法の魔石を使って会話をしていた。
要件は"機関"内部に居るという悪魔たちへの内通者について。結局、これもまだ見つかっていないわけだけれど、これについては主にルツァリさんとカイリさんにお願いすることになった。今後何か情報があればこの魔石を使って連絡を取る決まりだ。
ラディスさんとルツァリさんが連絡を取るだけならわざわざ魔石を使わないでも普通の伝達魔法で良いのだけど、魔石であれば私たちも会話に参加できる。だからそちらのほうが便利ということで連絡手段は魔石になった。……今みたいにカイリさんが変なことを言うのまで拾っちゃうんだけどね。
「お2人様、馬車の準備ができたようです」
「だそうだ。それじゃあ出発する。こちらからも何かあれば連絡を入れるよ」
『……どうか、お気をつけて』
ルツァリさんの心配そうな声を最後に、魔石の通信は切れた。
「それじゃあ、行こうか」
ラディスさん、続いてフロワちゃんが私たちの乗る予定の馬車へと歩いていく。
「サラさん! サラさーん!」
……私を呼ぶ声が聞こえたのは、私が2人に続こうとしたその時だった。
「はぁ……はぁ……間に合った……」
「セ、セレナさん!?」
私が振り返ると、そこに居たのは息を切らして膝に手をついたセレナさんだった。
「どうしたんですか、そんなに急いで……!?」
「冒険者としてのサラさんと最初にお話ししたのは私ですから。だから、きちんと見送っておきたかったんです」
息を整えたセレナさんは、顔を上げると私に柔らかな笑顔を向けてくれる。
……私の冒険者登録を一緒にしてくれたのもセレナさんだ。イブリスさんと出会った、グランドクエストを勧めてくれたのもセレナさんだ。
思えば、今の私はセレナさんが居たからこそここに居る。そして、セレナさんが居たからこそこの街を旅立とうとしている。
ここ最近はバタついていてゆっくりと話す時間もあまりとれなかったけれど、セレナさんは私にとって一番の恩人と言っても過言ではないのかもしれない。
「セレナさん……! ありがとう! とっても嬉しいです!」
「ふふ……最初は、どの町に行くんですか?」
「えっと、まずは東のイーストヴェントの町に……」
と、そこでラディスさんが私を呼ぶ声が聞こえた。残念ながらゆっくりとお話をしている時間も無さそうだ。
「あ、ご、ごめんなさい! 本当はもっとゆっくりお話ししたいのに……」
「ううん、気にしないで。きっと急いでいるんでしょうから」
私は最後に、そっと右手を差し出した。
セレナさんは一瞬目を丸くしたけれど、すぐに手を握り返してくれる。私はその手を引き寄せて両手で包み込み、彼女の目を真っ直ぐ見て、何も言わず、ただ、笑った。
「……サラさん、お元気で」
「はい。……またね、セレナさん」
私は彼女の手を放し、振り返って馬車へと向かう。決して、振り返ることなく。
私たち3人が乗り込むと、馬車はすぐに出発した。他にも馬車が停まっている広場を抜け、街の門を抜け……私が過ごしたアヴェントの街が、見る見るうちに遠ざかっていく。
「……少し、寂しいですね」
「うん……でも、戻ってくるよ、必ず」
あの人と一緒に。
私はあえて、その言葉は心の中でだけ呟いた。けれど、きっとフロワちゃんもラディスさんも、それはよくわかっているはずだ。
風の吹く草原を疾走する馬車。私の……私たちの新たな冒険が、幕を開ける。
「私です、セレナ・ロリエスです。……はい、今サラ・ミディアムスたちが街を出ました。行き先は東方面、イーストヴェントの町です。はい……恐らくは、イブリス・コントラクターもその方向へ。はい……
承知いたしました。クロウ様」
……そしてそれは、新たな波乱の幕開けでもあるんだ。





