旅路の始まり
揺れる馬車。心地の良い蹄の音と共にゴロゴロと車輪と石畳がぶつかる音が不規則に響く。
それらはやがてゆっくりと鳴る感覚を広げていき……やがて、止まった。
御者さんが馬車の扉を開くとまずは私たち以外のお客さんが。続いてラディスさんとフロワちゃんが降りていく。窓から外をキョロキョロと見回していた私もフロワちゃんに促されてそれに続いた。
石畳に足をつけた私は、ゆっくりと辺りを見渡してみる。
「新しい町……」
思わず、小さくこぼれる言葉。
馬車に揺られて数時間――たどり着いたここはイーストヴェントの町。私たちの新たな旅路の、第一歩となる町だ。
イーストヴェントはその名前の通り、アヴェントの東に位置する町。風景はアヴェントとそこまで変わらないけれど、道行く人を見てみるとアヴェントよりも冒険者の数が少ないように思える。
ラディスさん曰く、冒険者たちは皆アヴェントの方へ行ってしまうから、この町にはそれ以外の住民が多いんだとか。つまりこの町の人々の大半は商業や工業で生活している人々だ。
それでも"機関"の出張所があるから、冒険者の拠点としては十分だ。人が少ない分競争率も少ないし、宿代なんかも比較的安いからここを拠点にする冒険者も多いらしい。
――そして、アヴェントから遠くへと旅に出る冒険者の最初の中継地点としてもよく使われる。
東に向かったというイブリスさんもまずはここに立ち寄っているはず。絶対にこの町であの人の手がかりをつかむんだ。
「主様、これからの行動予定はどのようになっていますか?」
もしかしたらまだイブリスさん本人が居るんじゃないか……私がそんな淡い期待を込めて町を見渡していると、その隣でフロワちゃんがラディスさんへそう問いかけていた。
私は一旦イブリスさんを探すのをやめて、2人の方へ駆け寄る。これからの話は私もきちんと聞いておかないと。
「まずは"機関"の出張所に行ってここ3日間のクエスト受注記録を見せてもらう。彼はここでもクエストをこなしておかないと資金繰りが厳しいはずだからね。イブリスがここに来ているなら、調べれば必ず彼がこの町でクエストを受けた記録が出て来る」
「記録を見せてもらうって……そんなことできるんですか? そういう情報って、私たちみたいな冒険者がそんな簡単に見せてもらえるものじゃないと思うんですけど……」
以前の立場ならそれも可能だったと思うけれど、ラディスさんはもう"機関"の職員じゃない。"機関"の情報をそう簡単に見せてもらえるとは思えないのだけれど……
「そこは心配ご無用」
それを心配する私に向かって、ラディスさんは得意げな笑顔を向けて見せた。
* * *
「さて、3日前から遡っていこうか」
"機関"の出張所。私たちはカウンターの中に通され、その一角にある机でラディスさんが台帳を開いた。
「意外にもあっさりと貸し出されたものですね」
「使えるものは使わないとね」
目を丸くして疑問を投げかけるフロワちゃんに、ラディスさんは懐から何かを取り出して掲げて見せた。
一体何かと私も見てみると……それは、もう効力のないはずの、ラディスさんの名が記された"機関"の職員証だった。
「……え? あれ!? どうしてまだ持ってるんですか!?」
「職員証は、退職する際に返却するはずでは……?」
「ちょっとカイリに頼んでね。こっそりくすねておいてもらったのさ」
「そ、それは、一歩間違えれば牢屋行きなのではないしょうか?」
「大丈夫。怒られる時は僕だけだよ」
根本的に何も大丈夫じゃないと思うのだけれど、ラディスさんは気にせずに台帳を指でなぞりながら探っていく。真面目な人だと思っていたけれど、随分と思い切ったことをしたなぁ……
私は複雑な思いを抱いている様子のフロワちゃんと顔を合わせて苦笑いし、ラディスさんが探っている台帳を一緒に覗き込んだ。
様々な冒険者たちの名前、受けたクエスト、受けた日時……様々な情報が並ぶ台帳のページが、次々にめくられていく。アヴェントの隣町なだけあって、ここでも1日に受けられるクエストは多いみたいだ。
「――あっ!」
そんな多くの名前が並ぶ中、たったひとつ、見覚えのある名前があるのを私は見逃さなかった。
「ビンゴ、だね」
イブリス・コントラクター……私たちの追い求める人の名が、その台帳には確かに記されていたのだ。
その後も今日の日付まで全て見てみたけれど、見つかったのはその一か所だけ。けれど、少なくともここに立ち寄ったのは確実だ。
「2日前の朝、ですか。この町に着いた後、ひとつだけ仕事をこなして出発したということですね」
「それだけでも分かれば十分だ。さあ、早速聞き込みと行こう!」
ラディスさんは生き生きとした様子で台帳をバタンと閉じる。
これは小さな手がかりだけれど、向かった方角くらいしか知らなかった私たちにとっては大きな手掛かりだ。この町は人も多いから、必ずイブリスさんを見た人が居るはず。聞き込みをしていれば、きっと次に向かった場所だってわかるはずだ。
再会は、そう遠くないかもしれない。私たちは期待を胸に席を立った。
――けれど、現実がそう甘いわけもなく。
「あの……この人を見ませんでしたか? 背の高い、ぼろぼろのマントを着た人なんですけど……」
「あー、悪いけど知らないよ」
「そうですか……わかりました。ありがとうございます」
町に出て道行く人に聞いてみても、返ってくるのは知らぬ存ぜぬの言葉だけ。
言葉だけではと、フロワちゃんがさっとイブリスさんの似顔絵(かなり上手だ)を用意してくれたけれど、だからと言って成果があがるわけでもなかった。
イブリスさんは背も高いし服装がぼろぼろだから良くも悪くも――若干悪いほう寄りで――目立つから、印象に残りやすいはず。だけれど、イブリスさんがこの町に来たのは2日前だ。すれ違った時は印象に残っていても、2日もすれば忘れてしまうんだろう。
「駄目ですね。やはり日が開いていては……」
「うん……」
「サラさん。そう落ち込まないで下さい。続けていれば必ず手がかりが見つかるはずです……諦めないのは得意でしょう?」
「……うん。そうだね! 絶対にイブリスさんを連れ戻すんだから!」
少しだけくじけそうになってしまうけれど、フロワちゃんの励ましで自分を鼓舞する。まだ旅は始まったばかりなんだ、くよくよして足踏みするなんて時間が勿体ない。
「その調子です。……主様の方は何か掴めたでしょうか」
今、私たちは手分けして聞き込みをしている。
アヴェントほどじゃないけれど、イーストヴェントの町は広い。3人で同じところを順番に回っていると、日が暮れてしまうくらいに。だからエリアをイブリスさんが使いそうな場所に絞って、私たちとラディスさんで分かれているのだ。
私たちはここ、商店街のある通りを。ラディスさんは宿屋や馬車の御者さんたちに。
宿屋の人や御者さんは普通に聞いても他のお客さんのことなんかまず教えてくれないけれど、ラディスさんなら冒険者の間では有名だし、"機関"の職員証も持っているからきっと色々と教えてくれるはずだ。……まあ、本当は効力が切れたものなんだけど。
「宿屋さんや御者さんならお客さんの顔をよく覚えてるだろうし、期待できるね。私たちも頑張らないと……!」
「そうですね……おや」
私たちが聞きこみに戻ろうとした時、フロワちゃんが何かに気づいた。
「えー、キミたちィ……?」
それは、私たちに近づく人影。やせ細り、酷く猫背で、半開きの目元には濃いクマ。お世辞にも健康的とは言えない男性だった。
「人ォ……探してるんだって?」
「え……? あっ!」
その男性は目の前に来ると、私の手元の似顔絵を強引に奪い取った。
「あァ……コイツ、知ってるよォ。他人に聞かれるとマズイからさァ、ちっと向こうの方で話をしないかァ……?」





