EMQ:アヴェント防衛線-重奏
「ルツァリ! 状況は?」
ハンニバルと別れたラディスは、ルツァリの元へ駆けつけていた。
「ラディス様……! こちらは問題ありません。あの機巧士のおかげで負傷者の治療も順調に進んでいます」
確かに、この周辺はかなりの余裕があるらしい。悪魔の数は少なく、後方では多数の負傷者をプリーストたちが回復している。うち数名はもうすぐ前線に復帰できそうだ。
この状況はルツァリ自身の采配、そしてそれによる士気高揚の効果によるものだろうか。
「ただ、あの悪魔が勝手な行動を……」
あの悪魔……ルツァリが指すのはカイリのことである。最初に魔法を迎撃して以来、カイリはルツァリの元へは戻ってきていなかった。
「連絡は受けています。彼は僕が他の場所の支援へ向かいながら探すので、この場は頼みましたよ!」
「了解です! お気をつけて……!」
ここは問題ないと判断したラディスは、すぐさま他の場所へ向けて駆け出す。
「やれやれだ……」
彼のことだ、ある程度自由な行動を取ることは予想していたが、まさかここまでとは。混乱を避けるために最低限悪魔であることは隠していてほしかったのだが。
辟易するラディスに、ミリスからの伝達魔法が届く。
「ミリス?」
『ラディス……そろそろ、限界、だ。ま、魔導士たちが、音を上げ始めて、いる』
どうやら『ザ・サード・フリート』を浮かべるための水の形成がそろそろ限界らしい。あれ程の量の水を固めているのだから、長く持たないのも無理はない。『ザ・サード・フリート』からの砲撃も頻度が減っているあたり、ハンニバルの体力もかなり消耗しているようだ。
「わかりました。もう支援は十分です。ハンニバルにも下がるように言ってください」
『り、了解した』
「……」
ミリスとの通信を切ったラディスは、今度は自分からとある人物への伝達魔法を発動した。
「どうも……そちらはどうですか? ……ええ、ええ。ならいいんです。ええ、こちらは大丈夫ですよ……では」
「うわあああああああああ!!」
「――!」
ラディスが通信相手に"何か"を確認し、通信を終えた瞬間、叫び声が響いた。イブリスたちが聞いたものと同じ、イーグル・アイの能力の被害者の声だ。
「来たか……! 『カルテット』!」
* * *
「カイリ……!」
「グース! あなた……」
闖入者に困惑するイブリスとフロワ。目を丸くしてカイリを見るイーグル・アイ。そして、そのイーグル・アイを空からニヤニヤと見るカイリ。
一人は人類につく悪魔として、一人はイブリスとイーグル・アイがそれぞれ思い思いの名で彼を呼ぶ。
「お前、何をしに来た!」
「何ってお前、そりゃあ戦いにきたのさ」
カイリは地上に降り立ち、イーグル・アイへ向けてサブマシンガンを構える。
「なぁイブりんにフロワん」
「フロワん……」
「こいつのことは俺に任せちゃあくれないかね」
「何……!?」
イブリスが怪訝な顔をしてカイリを見る。
「そんなことが許されるとでもお思いですか? 何度も言っていますが、私たちはまだ貴方を信用していません」
フロワも厳しい顔できっぱりと否定の言葉を返す。カイリは未だイブリスたちにとって懸念材料なのだ。
「……いや、わかった。任せよう」
だが、意外にもイブリスはカイリの行動を許した。
「イブリス様――!?」
「お前が本当に俺たちの味方なのか見極めるにはいい機会だ。それに……こちらにばかり気を取られている場合じゃないらしい」
イブリスが、目線をそらした。
その先では特に何かが起こっているわけではない。ただ冒険者と悪魔が戦っているだけの、なんの変哲もない光景に見える……が、次の瞬間だった。
地面から飛び出したツタが、その冒険者を襲ったのだ。
「あれは――!」
「クロウ・ロ・フォビア……やはりあいつも来ていたか。フロワ、行くぞ!」
「……っ! はい!」
今クロウと戦えるのは恐らくイブリスたちだけだ。イブリスは銀の弾丸をツタに撃ち込みつつ、そちらへと走る。フロワもカイリのことを一瞥しつつ、それに続いた。
「あら、もしかしてそう簡単に行かせるとでも思ってるのかしら」
「おや、もしかしてそう簡単に追わせるとでも思ってるのか?」
イーグル・アイの前にはカイリが立ちはだかり、イブリスたちの追跡を阻止している。
「向こうのほうで楽しいことしようじゃないの。なぁ、い~ぐるちゃん?」
「相変わらずね、グース……いえ、『カルテット』に居た頃より酷くなってるかしら」
「おいおい、心外だな。それじゃまるで俺が変人って言ってるみたいじゃないか」
事実である。
「戦場を移そうぜ……ここにいちゃイブりんの魔法やらクソピエロの能力に巻き込まれちまうかもしれねぇ」
「……」
イーグル・アイは苦虫を嚙み潰したような顔をしながらも、翼を出して飛び立つ。カイリの提案に素直に乗ったのは、元『カルテット』の仲間としてのよしみだろうか。
カイリも自身の翼を使い、イーグル・アイを追う。
「……クソピエロの存在に出現前に気づいた……か。ちと不味いぜ、剣聖サン」
イブリスを見下ろし、そう呟きながら。
* * *
「ご、ご苦労、だった。少し、休むと、いい」
ミリスが魔導士たちに労いの言葉をかける。『ザ・サード・フリート』のために水を形成していた者たちだ。その数、ミリスを除いて11名。
「すまない……俺もこれで退場だ」
その場には『ザ・サード・フリート』の具現化を解いたハンニバルもやってきていた。短時間の具現化とはいえやはり病み上がりには厳しいらしく、息が荒くなっている。移動も自力では難しいようで、"機関"の職員に車椅子を押してもらっていた。
「問題、ない……十分すぎる、成果だ。あ、あとは俺たちに、任せて、おけ」
「もう前線に出るのか?」
「持っていくものが、ある」
そう言うと、ミリスは大きなタンクと鞄を背負ってみせた。
「……それは?」
「燃料、だ。それと、爆弾」
「爆弾?」
ミリスはそれだけ言い残し、魔導士たちとハンニバルを置いてその場を離れる。
――燃料、というのは言うまでもない。アリムが背負っていた火炎放射器のスペアだ。爆弾も同様にアリムのもの。「例の仕事で後方に下がるならついでに持ってきてくれ」と、事前に頼まれていたのである。
俺は召使いか、という感想をミリスが抱いたのは言うまでもない。
「アリム……頼まれたもの、だ」
冒険者側の優勢もあり、アリムの元までは何不自由なくたどり着くことができた。
「……やっほう、ミリス。とてもいいところに来てくれたね」
「……そのようだ、な」
そう。アリムの元までは。
アリムはとある悪魔と対峙していた。まだ交戦までは至っておらず、互いに攻め時を見極めているときにミリスが合流したのだ。
問題は、その悪魔である。
「†増援。問題無し……壱も弐も誤差に過ぎず†」
――ルフ・ザ・ロック。対峙していたのは、『カルテット』が一人、制約の悪魔だったのだ。
「†我、イーグル・アイ、クロウ・ロ・フォビア。出陣せし三重奏。汝らの有利、虚構に過ぎず。絶望の始まり也†」





