-Quartet- Duo
「さて、この辺でいいか?」
戦場の中心地から少しばかり離れた場所。誰も巻き込まず、誰にも巻き込まれない場所。そこに、イーグル・アイとカイリ・コウナギの二人は降り立った。
カイリがへらへらと軽い表情をしている一方で、イーグル・アイは複雑な面持ちで彼を見つめる。
「いやぁ、しかしまさか俺の提案にこうもあっさりと乗ってくれるたぁね。やっぱりあれか? あのツタに巻き込まれるのは嫌だからか? まあそうだよな、女の子があんなにゅるにゅるしたもんに捕まったりしたらたちまちR-18指定だ」
「あなたと二人きりでお話がしたかったのよ。グース」
「……その名で呼ぶなよ。俺ぁカイリだ」
「あらごめんなさい。気を付けるわ、グース」
カイリの表情も厳しく、鋭い目に変化する。
「それで? お話ってなんだよ。デートのお誘いか?」
「あら、別にそれでもいいのだけれど。でも残念ながら違うお話よ」
カイリのいつものおふざけを適当に流しながら話を続ける。
「グース、あなた本当に裏切ったの?」
「……ふーん? その心は?」
再びカイリの口元が緩んだ。ただし今度はふざけたような笑顔ではなく、どこか影を落とすような笑顔である。
「このタイミングで裏切るメリットがないのよ……たしかに今回の戦いにおける戦力補強にはなるでしょうけど、それでも。内通者っていうのは文字通り、敵の内部に通じていないと意味がないわ。私たちの内通者のようにね」
イーグル・アイは"機関"内部のスパイを指して言った。
――このスパイの正体はカイリも知らない。クロウが彼をあまり信用しておらず、教える情報をある程度絞っていたためだ。カイリが与えられていた情報は全体への周知が必要な情報のみである。
閑話休題。
「なるほど、つまりこう言いたいわけだ……『本当に内通者であったのなら、この戦いでも悪魔側に残っているべきだ』と。『ただ裏切ったふりをしているだけなんじゃないか』と」
イーグル・アイは何も言わず、ただ首を縦に振る。
一理ある話だ。裏切りを表明するということは、それ以上敵側の情報が手に入らなくなるということである。例えカイリに対して与えられる情報が制限されていたとしても、人間側からすれば少しでも悪魔側の情報が手に入ることに変わりはない。それこそ、今回の襲撃に事前に備えられたように。
だがこうして明確に敵対してしまった以上、最早カイリは情報源としては使えなくなってしまったのだ。
「だから、改めて聞くわ……貴方、本当に裏切ったの?」
「YES!」
カイリの返答とともに、何発もの銃声が響いた。突如カイリの両手に出現したサブマシンガンの掃射。幾重にも連なった弾丸が、高速でイーグル・アイの元へと突き進む。
「そう♪」
そして、それら全てに正確にダーツが突き刺さり、勢いを失って地面へぽとぽとと落ちていく。
会話中の不意打ちと、それに対する完璧な防御。あまりにも突然に戦いの幕は明けた。
「安心したわ。これで心置きなくあなたを殺せる」
「そうかい、そりゃあ良かった」
カイリはサブマシンガンを手放し、今度はショットガンを召喚する。
「で、誰を殺すって?」
次の瞬間、カイリはイーグル・アイの背後に現れ、背中にショットガンを突き付けていた。
超高速移動……ではない。一度異次元を通り、イーグル・アイの背後の座標を指定してもう一度この世界に戻ったのだ。悪魔であるカイリだからこそできることである。
「聞こえなかったかしら?」
だが、それができるのはイーグル・アイも同じこと。引き金が引かれる瞬間に安全圏へ移動し、回避。
「あなたを、よ」
「――!」
発射された散弾が虚しく何もない空間へ散らばった刹那、大量の宙に浮いたダーツがカイリを包囲した。
これがイーグル・アイの能力の"強み"である。
カイリの攻撃手段はどうあがいても銃。いくら強力な銃器を召喚しても、カイリが手に持って使用するというプロセスを挟まねばならない。
対してイーグル・アイは射程内であればいつでも、どこにでも、好きなだけ、好きな向きでダーツを召喚できる。召喚後の操作も可能。即時発射はもちろん、一時停止もお手の物だ。
加えてダーツを喰らえば発動する感情増幅という能力。予測不可能で回避不可能なこのダーツたちのどれか一本にでも当たってしまうとその時点で戦闘不能がほぼ確定する。
だが。
だからどうした。
「"tornadO"!」
"回避"ができないのならば"迎撃"すればいい話だ。
カイリを中心として発生した黒い竜巻が、包囲していたダーツを全て吹き飛ばす。
しかしそれくらいはイーグル・アイも想定済み。魔法の隙をつき、カイリへ向かって数本のダーツを高速で発射。が、カイリはそれらに真正面からショットガンを放ち、全て撃ち落とした。散弾の攻撃範囲の広さは迎撃にはもってこいである。
さらに散らばった散弾はそのままイーグル・アイへと向かう。イーグル・アイは少しだけ距離を取りつつ、自分に当たる可能性のある弾を全てダーツで相殺した。
「距離をとったな? 思わず離れただろ!」
小さな散弾一つ一つを正確に迎撃したのには少々驚いたものの、カイリの攻勢はまだ終わらない……いや、むしろここからである。次にカイリが召喚したのは――
「じゃあこいつをプレゼントだ!」
ガトリングガンであった。
召喚するや否や射撃を開始。破壊力抜群の弾丸たちが、何発もイーグル・アイへ襲い掛かる。
「っ……!」
なすすべもなく逃げ回るイーグル・アイ。瞬間移動は使えない。異次元へ入るとき発生する隙に被弾してしまうからだ。
このガトリングは非常に強力な攻撃手段だが、発射中は移動できないのがネックである。ダーツの射程内で使おうものなら、発射の隙をついてブスリ、だ。
だからカイリは今使ったのだ。イーグル・アイが距離を離し、ダーツの召喚圏内から外れた今だからこそ。
「そろそろ疲れたか? 止まっていいんだぞ、その瞬間蜂の巣だけどな!」
「……あなた、何か勘違いしてないかしら?」
「何だ? お前らと仲違いならしたけど?」
「そうね。なら考えてみて。あなたと仲違いした私たちは……いつも一人だけで戦うような悪魔だったかしら?」
絶えずガトリングを撃つカイリの周囲に、異次元への門が開く。それもひとつではなく、いくつもの門が。
そこから現れたのは、翼を持つ下級悪魔たちだった。それぞれの門から何体もの悪魔が次々と現れ、その数はたちまち10、20と増えていく。
「ギシャァァ!」
「ハァーァ!」
「……なるほど、忘れてたぜ」
不愉快な鳴き声を発する悪魔たちが、どんどんカイリを取り囲んでいった。
『カルテット』は悪魔たちの中でも上位に位置する存在。下級悪魔たちを統率する悪魔だ。イーグル・アイ本体が攻撃を避けるのに精一杯だとしても、"部下"たちに攻撃させれば良い。
「さ、やっちゃいなさい」
イーグル・アイの攻撃指示とともに、下級悪魔たちが一斉にカイリに襲い掛かった。同時にカイリの銃撃が中断される。
あまりにも数の多い悪魔の群れ。攻撃を避ける隙間などない。
「だがよぉ、どうやらお前もひとつ忘れているらしいな」
だが、カイリからすれば避ける必要すらなかった。悪魔たちの約半数が、カイリへの攻撃を直前でやめたのだ。それどころかカイリではなく周りの下級悪魔たちを攻撃し始める。
「――!」
「俺の真骨頂は別に銃をバカスカ撃ちまくることじゃあないだろ?」
銃撃は中断せざるを得なかったが、カイリには避ける以上に最適な手段があるのだ。
「こいつらの記憶を書き換えた。全く、知能の低い悪魔どもはちょっと頭ん中変えるだけで味方になってくれるからありがたいぜ」
カイリが持っていたガトリングガンは既に消え、代わりに本と羽ペンが握られていた。
記憶改ざん。カイリが持つ能力。それでこの悪魔たちの記憶を書き換え、自らの味方としたのだ。
人間の記憶を改ざんして同じことをするのにはかなりの書き換えが必要だ。違和感を消し去るため、いままでの記憶を全て、根本から書き換える必要があるからである。
しかし下級悪魔であれば表面上の書き換えだけで良い。知能の低い下級悪魔であれば記憶の違和感になど気づくこともない。これだけ多数の悪魔たちでも、一瞬で味方に引き込むことができるのだ。
「ありがとよ、俺の味方を増やしてくれて」
カイリの"味方"の悪魔たちが次々とイーグル・アイの元へと襲い掛かる。向かったのは約半数……残りは未だカイリの"敵"である悪魔と戦っている。
「どういたしまして……と言っておこうかしら」
イーグル・アイは向かってくる悪魔たちを次々とダーツで迎撃している。所詮は下級悪魔。『カルテット』にはそう簡単には傷をつけられない。
無論カイリとて成果を期待しているわけではない。妨害ができればそれで十分だ。両手にサブマシンガンを召喚し、イーグル・アイへ向けて掃射を行う。
「お返しと言っちゃあ何だが、俺になにかして欲しいこととかあったら言ってもらってもいいんだぜ? 女の子に借りを作りっぱなしってのも悪いからなぁ。ほら俺マニュフェストだから」
「フェミニストって言いたいのかしら? なら、お願いがあるの」
「おう、何でも言ってみな」
悪魔を迎撃し、銃弾を避けていたイーグル・アイが身を翻した、その瞬間。
「私を、恐れて頂戴」
イーグル・アイの声が背後から聞こえ、同時にカイリの背中に鋭い痛みが走った。
「……は?」
真正面に居たはずのイーグル・アイは消えている。カイリがゆっくりと後ろを振り返ると、イーグル・アイは自分の背後にいた。
この背中の痛み。確実に刺されている。
「ぐっ!」
背中に刺されていたダーツが引き抜かれた。同時にカイリは一歩、彼女から距離をとる。
「おいおいおいおい、一体何がどうなって……」
異次元を通してのテレポートの形跡は見られなかった。そもそもそんなことをすれば異次元に入る隙で被弾しているはずだ。
本当に一瞬。一切のタイムラグもなく、目の前のイーグル・アイが背後に回っていた。
「言ったでしょ? 一人じゃないんだって」
……その答えは、イーグル・アイの手に握られていた。
片手にはカイリを刺したダーツ。そしてもう片手には……毒々しい紫色をした、百合の花が。
「なるほど、クソピエロの花かよ……! なんだよ、貸してもらったのか? 仲いいじゃねえかよお前ら」
「当たり前でしょう? 私たちは貴方みたいな裏切り者とは違うのよ」
どうやらどこかのタイミングでイーグル・アイは目の前にいると思い込まされていたらしい。有力なのは悪魔に囲まれたときだろうか……おそらく出現した悪魔の中に花を携えた悪魔がいたのだろう。
「へっ……!」
カイリは翼を広げ、飛行の体勢をとる。
「どうしたの? 逃げるのかしら?」
「ああ、逃げるのさ。あんたが恐くて恐くてたまらないもんでね」
表面上の態度こそ変わらないが、イーグル・アイの能力は確実にカイリに影響を与えている。体の震えを必死に止めている状態だ。これでは戦っても勝ち目などない。一刻も早くこの場を離れたい。
「いや、久々に遊べて楽しかったよ……またな」
「……」
飛び立つカイリを、イーグル・アイは追わなかった。
増幅したのは"イーグル・アイに対する恐怖"ではない。"戦闘に対する恐怖"だ。これでこの防衛戦において、彼はもう戦えない。もはや脅威ではないのだ。追う理由もない。
イーグル・アイはただ、去っていくカイリをどこか哀れむような眼で見送った。
* * *
「いやぁ、参ったねこりゃあ……」
空を飛びつつ先の戦いの場から離れるカイリは、息を荒くしながら胸を押さえていた。心臓の音があまりにも煩い。恐怖というのはこうも苦しいものだったか。
地上に降りるのも億劫だ。戦いなどしたくはない。
「カイリ!」
怯えた様子で空から戦場を見下ろしていたカイリに、地上から何者かの声がかかる。剣聖、ラディス・フェイカーだ。
「おう……剣聖サンか」
「どうした……? なんだか声が震えてるけれど」
「いや、ちょっと旧友と戦ってね。しくじっちまった……すまんがこれでリタイヤだ」
その言葉で、何が起きたかは十分伝わったらしい。ラディスは彼のことを責めもしない。
「……なら、頼みがある!」
代わりに口に出されたのは、とある依頼だった。





